血と骨 2
その部屋は入ってすぐの右角に、お茶を沸かせる小さな囲炉裏があった。
多分、お茶室とまでは言わないが、招いた客人をもてなす部屋なのだろう。
勧められるままに座布団へ座り、ふたりが奥の襖を開け道具を持ち出し、何やら用意し始めたのを浩二はただ大人しく見ていた。
持ち出された大きな鉢のようなものを目の前にして、母親と雪子は葬儀場から抱えて来た白い骨壷の蓋を開けた。
「一体、何を?」
いぶかしがる浩二をよそに、雪子は骨壷から高志の骨を取り出すと鉢の中へ落とし入れた。
カラン…と軽い音が耳に入る。
すると今度は母親が、太いすりこぎ棒を手にした。
え?…まさか、と思う間もなく、母親は何の躊躇もなくその骨をごりごりと磨り潰し始めた。
ある程度、粉状になったところで、また新たな骨を入れて磨り潰していく。
ごりっ、ごりっ、と骨の砕ける音が部屋に響き渡る。
砕かれ、潰され、ザリザリと掻き回されて、高志が粉になっていく。
まるで何かの儀式のように何度も何度も同じ行為を繰り返し、高志の骨は粒子の細かい真っ白な粉になった。
「散骨でもなさるんですか?」
一連の行為が終わるまで口を開けなかった浩二は、乾ききった唇でどうにか言葉を紡いだ。
雪子はチラリと浩二を見やると、口元に笑みを浮かべて首を横に振った。
では、一体何を?
続くべき言葉を浩二が思わず飲み込んだのは、雪子が次にとった行動のせいだった。
お茶を沸かす囲炉裏に置かれていた鉄瓶が、シュンシュンと音をたてている。
雪子はすぐ横にあった木箱から湯呑み茶碗を3つ取りだしお盆に並べた。
そして、おもむろに鉢から骨の粉を木匙で掬い茶碗に入れると、そこに鉄瓶のお湯を注ぎ入れた。
少しの迷いもない動きだった。
浩二は目を大きく見張り、そっと差し出された茶碗の中身を呆然と見つめていた。
「浩二さん、うちの家系は男性が短命だと高志から聞いてはいませんでしたか?」
葬儀場からひと言も話していなかった母親が、手のひらに湯呑みを持ちながら話しかけてきた。
「…き、いてました」
けれど、その話とこのお茶にどんな関係があるというのだろう。
これを飲めというのか?
浩二は戸惑いながら、母親の言葉を待った。
「この骨湯を飲むのは、命を繋ぐためなんですよ」
「命を…繋ぐ?」
「そう、男性が短命な家系故に、その男性の命を遺された者が受けとるための行為なんですよ」
母親は耳に心地好い、ゆったりとした口調で話すと、湯呑みの骨湯をゴクリと飲み込んだ。
「高志は…浩二さん、高志は貴方を愛しておりましたよ。だから高志の命を繋げては貰えませんか?」
「…っ」
浩二は息を詰まらせた。
お願いをされているのに、どこか高圧的で飲んで当然という雰囲気が感じられた。
何故、逆らえない?
「さあ、浩二さん。それを飲み干して、高志の命を貴方の血肉にしてくださいな。高志とひとつの命になって、現世を生きてくださいな」
…ひとつの命になる。
その言葉はとても甘くて危険な匂いのする呪文のようだった。
どんなに愛し合っていても、人間は愛する相手とひとつに溶け合うことは出来ない。出来ないばかりか、今日のように愛する人がいつか消えてしまうのは避けられない事実なのだ。
けれど、これを飲めば高志とひとつになれるのか?
失った命を再びこの身体に流し込んで、共に生きていくことが出来る?
浩二は震える指先を伸ばして、茶碗を右手で持ち上げた。
そして、祈るように喉を反らして骨湯を一気に飲みほした。
白く濁った骨湯は、浩二の舌先にザラッとした感触を残した。
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