NO RAIN NO RAINBOW 5


 玄関を出て、空を見上げる。
 梅雨の間は何故か空模様が気になって、普段は見上げもしない空をじっと眺めてしまう。
 相変わらずのグレイの空から降りだした雨が、ジトジトとアスファルトを濡らしていく。

 そんな中を梅原は軽やかに歩いていた。

「梅原さん、何か良いことでもあったんですか?」
「え、そう見える?」
「はい。数ヶ月前までは死にそうな顔されてましたからね」

 出社してすぐに隣のデスクの同僚に笑われた。
 そんなに浮かれてみえるのだろうか。たかが一件のメールを貰っただけだというのに。
 携帯の入った胸ポケットのあたりにほんのりとした温かさを感じる。
 そして次第に強くなる雨足と外回りを言い訳に、梅原は例のカフェへと急いだ。

「いらっしゃいませ…あ、梅原さん」

 スーツの肩にかかる雨粒を払いながら店内に入ると、すぐさまウサギ青年が笑顔で声をかけてきた。
 ふわんと柔らかそうな髪が跳ねながら近づいてくる。

「凄い雨だね」
「そうですね。これじゃあお客様も急いで帰ってしまって、この通りお店もすっかり暇ですよ」

 梅原が店内に目を向けると、確かにいつもよりお客の数は少ないようだった。
 梅原は濡れそぼった傘を店内にある傘カバーに入れると、いつものように窓際のカウンター席に荷物を置いた。

「井上さん、早速ですがお店の新商品をお願いできますか」
「はい。あの、梅原さんは甘いものは大丈夫ですか?」
「…嫌いじゃないけど、正直あまり得意ではないかな」
「あ〜そうですかぁ。今度の新商品は少し甘めなんですよね。…ん〜、それじゃあ、お試しのひと口サイズを無料サービスしますよ。ご注文はお好きなものをどうぞ」

 満面の笑顔になったかと思えば、梅原の答えに眉根を寄せて少し口を尖らせてみせる。
 〜とその後、パッと閃いたように瞳を大きく開いて、ふわっと笑ってみせる。
 クルクルと変わるウサギ青年の表情は、きっと見る者を明るい気持ちにさせるのだろう。
 そして、それは梅原も例外ではなかった。

「それじゃ、カフェラテをダブルショットで。それから…」
「ホットドッグ…ですよね?」

 すかさず井上が言葉を繋げた。
 まるで難しいクイズを解いた子供のように得意満面な顔をしている。
 梅原は笑い出しそうになるのを堪えながら「よく覚えてたね」と誉めると、井上は「仕事ですから」と照れくさそうにさぁーっと顔を赤らめた。
 そんな顔をされたらこちらのほうが照れくさくなる。梅原は凄いねとだけ答えてカウンター席に腰をおろした。

 窓ガラスに雨粒がぶつかっては、幾筋にもなって流れていく。
 店内にはどこかで聴いたことのあるボサノバが静かに流れて。
 窓の向こうには色とりどりの傘が右に左に動いて、腰をおろしたこの場所から街が絶え間なく動き続けていることがわかった。
 時間は止まることはない。止めようと思っても。
 良くも悪くも、ひとの心もまたそうなのだと梅原は思った。
 あの日、喫煙所で見送った原田の背中がぼんやりと白く霞んでいく。

「失礼いたします」

 後ろからの声に梅原は我に返った。
 席の右側からすんなりと伸びた白いシャツの腕が現れる。
 その腕を辿りながら顔をあげると、柔らかい印象ながらもしっかりとした男性の骨格を持つウサギ青年の横顔が目に入った。

「ご注文のカフェラテ、ダブルショットとホットドッグでございます。それからこちらが新商品のカフェモカ・ビターオレンジ風味とチェリー風味のお試しサイズです」

 伏し目がちな視線を彩るまつ毛と、笑みを称えた口元。
 説明を受けながらも、梅原はその綺麗な横顔をじっと見つめるばかりだった。


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