NO RAIN NO RAINBOW 4


 ふと、デスクの窓際から外を眺めると、グレイの雨雲が空を勢いよく動いていた。微かに切れた雲間に、薄青い空が顔を覗かせている。
 これなら雨の心配もなさそうだ。
 梅原はロッカーに入れっぱなしになっていた深緑色の傘を手にすると、足早に会社を後にした。
 会社から歩いて駅までは約7〜8分。あのウサギ青年のいるカフェまでは5分。
 薄青色に淡い桃色が混ざり、西から少しずつ濃い紅色に暮れていく空を見上げながら、梅原はふわふわと動く青年の柔らかそうな髪を思い出していた。


「お忙しいところを失礼します。井上さんはいらっしゃいますか?」

 夕方のカフェはどの店も、会社帰りのOLや学生たちで賑わっているものだ。
 目当てのカフェも、外から店内を覗いただけ忙しそうな雰囲気がわかったのだが、梅原はドアを潜ると甲高い声でしゃべる女子高生の列を無視して、注文カウンターに立つ店員に声をかけた。

「井上は休憩中なんですが、すぐ呼んで参りますので少々お待ち戴けますでしょうか?」

 にこやかに応えた店員は、すぐ後ろにあるドアを開けると「井上君、お客様だよ〜」と気さくな声で彼を呼んだ。
 奥のほうから、あのふわふわした茶髪がぴょこんと現れる。と、近くにいた女子高生の一団が、わぁだの、きゃあだの、奇声をあげ始めた。
 梅原は一瞬困ったような顔をした井上に、片手をあげて笑いかけた。

「あ、この間の…」
「先日はありがとう。助かりました」

 梅原は傘を手渡すと軽く頭を下げた。

「あ、あの、そんな大したことじゃ…」
「助かったのは本当だから。…井上さんに、直接お礼が言いたかったんだよ」
「あ、はい。わざわざありがとうございます」

 少し俯き加減でいるのは照れ臭い証拠だろう。
 こうして目の前に立ってみると、ウサギ青年の方が梅原よりもほんの少し背が高かった。

「ゆっくりしたいところだけど、忙しそうだから今日はこれで」

 背後から突き刺さる不躾な視線に、梅原はこれ以上耐えられそうにない状態だった。
 それじゃ…と踵を返そうとした次の瞬間、梅原の腕を井上が掴んだ。

「…?」
「あ、あの」
「はい?」
「また、来てくれますよね。え…と、」

 井上自身が自分の行動に戸惑っているようだった。

「えと、な、名前…を」
「ああそうか。ちょっと待ってね」

 梅原はスーツの内ポケットから名刺入れを取り出すと、そこから一枚、井上に差し出した。井上はガラス細工にでも触るかのように、そっと両手で受け取った。

「T社の、梅原武生…さん」
「車、買いたくなったらいつでも言ってね。サービスするから」
「こんなとこで営業ですか?」
「どこにビジネスチャンスが転がってるかわからないからね。お友達にも宣伝よろしく」

 梅原は冗談めかした口調で答えると、ひらひらと手を振りながらドアに向かって歩き始めた。
 貰った名刺を両手に、紅い顔をしている井上には全く気づいていなかった。


 その夜、久々に梅原の携帯にメールが一件届いた。

井上です。
梅原さん、今日はわざわざありがとうございました。
とても嬉しかったです。

実は明日からお店で期間限定の新商品が発売になります。
サービスしますので、是非またお店に来て下さい。
待ってます。


 梅原は思わず声をあげて笑っていた。

「おいおい、君のほうが商売上手じゃないか」


[*前] | [次#]
[目次]





×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -