NO RAIN NO RAINBOW 1
突然の雨に慌てて駅近くのコーヒーショップへ駆け込んだ。
今日は梅雨の晴れ間、五月晴れなんて言葉を信じた自分が馬鹿だったのか。
雨足は強くなるばかりで、しばらくの足止めになりそうだ。
梅原は少しだけ濡れたジャケットを脱ぎ左腕に抱えると、雨がやむまでここで時間を潰そうと決めこんで、注文カウンターへ向かった。
「アイスショートラテ、ダブルショットで。あと、ホットドッグをひとつ。温めて下さい。あ、お冷やもお願いします」
いつもの定番を注文すると、カウンター向こうで「お席までお持ちします」と青年がにこやかに答えた。
新しい従業員だろうか。
今まで見掛けたことのない顔だった。
梅原は外がよく見える窓際のカウンター席に着くと、何気なく携帯のフラップを開いた。
メール0件。
変わりない状態だ。
あれから一通だってメールが来ることはない。何回もお互いの携帯に電話を入れて、何回もメールを送りあって、それ以上のこともした仲だというのに。
あいつはもう、違う生活を始めているに違いない。
近くにいればいるほど苦しくなって、相手を思いやる言葉すらなくなって、喧嘩ばかりの日々に終止符をうって数ヶ月。
慣れた指だけがいまだに携帯を開いてしまう。無意識にあいつの気配を探している自分にため息がでてしまう。
ふっ…と自嘲気味に笑いをこぼし、携帯をポケットに突っ込んだところに、注文していた定番セットが届いた。
「失礼致します。ご注文のアイスショートラテとホットドッグです」
「あ、ありがとう」
涼やかな声だった。
突然の雨模様に似合わないくらいの、ころころと鈴が転がるような軽やかな声。
笑顔を作りながらさりげなくネームプレートを盗み見ると……
「…え?、あ」
「はい?…何か」
梅原は慌てて口を押さえたのたが、こぼれてしまった言葉はしっかり相手に聞こえていたようだ。
「あ、あの、それ…」
恐る恐る梅原は「ソレ」を指差した。
ちらりと盗み見たネームプレートが凄いことになっていたからだ。
「ああ、これですね。可愛いでしょう?」
【井上】と書かれた名前の周りに、可愛らしいウサギのキャラクターが描かれ、右隅には【よろしくね☆】などと書いてある。
小学生の寄せ書きですか。
第一、お店から支給されているであろうものに、そんなイタズラをしていいもんなんだろうか。
「これだけは自由にしていいことになっているんです。他の従業員もやってますよ」
「へ、え〜、そうなんだ」
訊きたかったことが顔に出ていたのか、井上という青年はニコニコと答えるとカウンター内へ戻っていった。
ピョコピョコと歩いていく後ろ姿がウサギに見えなくもない。
雨降りのカフェにウサギ青年か。
梅原はラテをひとくち飲むと、もう一度カウンター内の青年に視線を投げた。彼が動く度に、ふわふわ柔らかそうな髪が一緒に跳ねて動く。ホントにウサギみたいだな。
梅原はクスクス笑いながら熱々のホットドッグを頬ばった。
雨はまだその勢いを増してはいたが、さっきまでの嫌な気持ちはすっかり洗い流されてしまったようだ。
ウサギ青年に感謝だな。
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