僕に光をくれるひと 10


 『自分』

 胸がわななく思いがした。悠介には光を失ってから、諦めてしまったものがたくさんあった。
 走ること、泳ぐこと、本を読むこと、友人と遊びに行くこと…それだけじゃない。
 健康な人間がごく当たり前に出来ることが、目が見えなくなった瞬間に出来なくなった…いや、悠介は諦めて投げ出してしまったのだ。

「先日、病院に成瀬が来たと話したよね」
「はい」
「あいつ、必死だったよ」

 笹木は何か思い出したようにクスクスと笑いを溢した。

「うちの家系は皆、医者なんだ。成瀬も医者になると期待されてたんだよ。あいつ、あれでも頭が良くてね。でも医大を中退して木工職人になるって言い出して、家中大騒ぎだったよ」

 笹木は当時を振り返るように目を細めて、懐かしそうに語った。

「あの時は勿体ないなと思ったけれど、本人が望むなら何でもチャレンジすることはカッコイイと思うよ」
「チャレンジ、ですか」
「そう、チャレンジ。いつかは皆、死ぬんだよ。医者は否応なしにそれを実感する職業だからね」

 ふっ、と笹木がため息をつくのが聞こえた。
 多分、いや確実に、笹木はたくさんの命の終わりを見てきたに違いなかった。

「悠介くん、君の人生は確かに君のものだが、間違っても、君だけのものではないってことを忘れないでね。君を大切に思うひとたちにとっても、かけがえのない人生だからね」

 命を粗末にする現代と声高に叫ぶ人がいる。
 けれど、命がどんなに大切なものなのかを実感できなければ、簡単に命を捨てる者は後を絶たないだろう。
 例えば、自然を大切にしろと言われても、コンクリートしか知らなければ自然の有り難みなどひとつも理解できないだろう。

 愛し愛されて、初めてわかるものがある。
 ぬくもり、優しさ、その愛しさ。この世界を彩る心の美しさ。
 日が上り、日が沈む。その間に営まれる命のやりとりを。

 悠介は成瀬と知り合ったことで、再び世界を手に入れることが出来る扉の前に立っていた。
 その扉は鍵を持っていなければ、開けることが出来ないと思いこんでいた。
 けれど本当は鍵など必要ないのだ。

 そもそも、扉に鍵はついていないのだから。

 いつでも出入りできる扉を、開けるも開けないも自由だ。
 『自由意志』それこそが、自分自身を表すものだから。
 成瀬との出会いで、忘れかけていた楽しさを思い出した。耳に吹き込まれる言葉の甘さを知った。愛しさと同時に堪らない寂しさを知った。

 ボクの目をあげる。
 約束だよ。

 あの子の言葉が耳元で響く。

 もっと望んでいいのだろうか。
 両手を広げて、愛して欲しいと叫んでもいいのだろうか。

「悠介くん、生きるって大変だけれど、大変だから楽しいんだと思うよ」
「先生、僕は…」

 白仗を握りしめる手に力がこもる。声が掠れるのがわかった。
 そっと延ばされた笹木の手が悠介の頬に触れた。
 その時、悠介は初めて自分が泣いていることに気づいた。


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