僕に光をくれるひと 8
「成瀬さん、お願いがあるんです」
悠介は夜になってから成瀬に電話を入れた。
お休みコールをするのはいつもだけれど、今日は意味合いが違う。
「お願い?」
「はい。またあの療養所へ連れていって欲しいんです。あの子達に会いたいんです」
会って確かめたい。
もう一度、言葉を交わして、あの子達の気持ちをきちんと知りたい。悠介の必死な声に、成瀬はひと呼吸置くと「行けないよ」と答えた。
「え、何で」
「あそこは取り壊しが決定してるんだ。入所者も少なかったし、何人かはもう別の場所へ移ったよ」
「う、そ」
ぐわんと頭を何かで殴られたような感じだ。たった一度しか訪ねていないのに、この喪失感は何だろう。
悠介は携帯を握る手が冷たくなるのがわかった。
「…悠介」
黙り込んだ悠介に成瀬の声が静かに流れ込んできた。ピクンと身体が反応する。
「今日、悠介の主治医に会ったよ。聞いてるだろう?」
「ん」
「従兄弟なの黙ってて悪かった」
「ん」
「それからこれは大事な話。俺は悠介に角膜移植を受けて欲しいと思ってる」
真剣な声だった。
いつも優しくて身体を包み込むような雰囲気をしているのに、今はまっすぐ悠介の心を突き刺すような強さがあった。
「今日、病院へ行ったのは知りたいことがあったからなんだよ」
成瀬はゆっくり悠介に語りかけた。
角膜移植は通常、アイバンク協会に登録しているひとから角膜を提供して貰うこと。けれど、特定の誰か…例えば家族や友人からの提供は可能なのかどうか、それは法律的に問題がないのか、そういう手続きについて主治医である笹木に訊ねていたこと。
ひとつひとつ丁寧に話していった。そして最後に、あの子供たちが本当に悠介に角膜を提供しようとしていることを話した。
「悠介に自分の目をあげるんだって言ってたよ。でも法律的に特定の人への提供は難しいんだ。それにまだ未成年だから親の承諾もいるから」
家族間なら角膜提供の前例があるのだが、医療の公平性から言えばその望みを叶えるのは難しくなる。
今後、法律が変わる可能性はあるかもしれないが。
財産は遺せるのにな、と成瀬はため息をついた。
「あの子たち、本当に?」
「本当だよ。本気も本気。子供の本気をなめちゃいけないぞ」
電話の向こうで成瀬が笑ったのがわかった。
つられて悠介も笑顔になる。
「なあ、悠介。俺と一緒に歩いてくれないか?いろんなところへ行こうよ。いろんなものを一緒に見ようよ」
成瀬の声がグッと深く優しいものになる。
「なあ、悠介。俺は悠介が大好きなんだよ、わかってる?」
「な、に、言って…」
悠介は両手でギュッと携帯を持ち、その声を抱き締めた。そうしないと涙が溢れてしまいそうだった。
「悠介、俺はお前の目に映りたい。きちんと俺の顔を見て欲しいんだよ」
「成瀬、さ」
「それは望んじゃいけないことかな」
「不遜」だと笹木が話していた意味が、悠介にはやっとわかったような気がしていた。
自分が良ければそれでいい。悠介の態度はそれと同じだった。目の見えない自分が可愛くて、誰よりも可哀想で、そんな自分をそのまま受け入れて貰えれば嬉しいなんて、そんな甘い考えが心のどこかにあったのだ。
一緒に歩きたいと成瀬が言っている。
自分もそうだろうか?
目が見える、見えないということではなく、成瀬と一緒に歩いていける自分でいるんだろうか。
悠介は今一度、自分自身と向き合う必要があった。
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