僕に光をくれるひと 3


 それから数日後。
 悠介の携帯に成瀬から、学校帰りにでも遊びにおいでと連絡が入った。
 成瀬は小さな工房でオーダーメイドの椅子を作る職人で、休みは月毎に変わるのだ。

 また新しいCDを焼いてくれたのかと思いながら、悠介の足どりは軽くなっていく。
 身体がしっかり覚えた道順をたどり、間違いなくマンションのドアにたどり着いた。

「お、来たな」

 いつもと変わりない温かな空気のような声に、悠介はホッと力を抜けて笑顔になる自分に気づいた。

「適当に座っててね」

 キッチンでコトコト音が聞こえてきて、後からふんわりとコーヒーの香りが漂ってきた。
 成瀬は悠介が座っているソファーの隣に腰を下ろすと、目の前にあるテーブルにコトリとカップを置いた。

「あの、この間のナイル殺人事件、面白かったです。今度のは何ですか?」
「いや、今日はCDを渡すために呼んだんじゃないよ」

 ふたりきりが照れ臭くて、間をあけないように話し出した悠介を遮るように成瀬は言葉を返した。

「悠介くん、何で迷うんだ?」
「え?」
「今日偶然、病院で君のお母さんに会って話を聞いたよ。目が見えるようになるかもしれないのに何を迷うんだ?」

 矢継ぎ早に言われて、悠介は身を縮こませた。
 言葉のトーンがいつもより強くて、どこか怒りが含まれているように感じたせいだった。

「あの、何で成瀬さんが怒ってるんですか?」
「怒る?」
「声が怖い…から」

 成瀬はチッと軽く舌打ちすると、はぁ〜と息を吐きだした。
 悠介は苛立った気配にビクビクしながら、身を固くして成瀬の言葉を待った。

「あ〜、ごめんね、確かに苛立ってた。そうだよね、いきなりこんな言い方したってびっくりするだけだよね」
「成瀬さん?」
「俺が悪かった。〜ていうか、俺が焦ったらいけないんだよな」

 成瀬は何か自分に言い聞かせるような口ぶりで言葉を続けると、スッと右手を悠介の頬に滑らせた。

「え…成瀬さん、何?」

 ビクッと悠介の身体が震えた。成瀬との距離がグッと近づいている。
 心臓がバクバクと激しく動いているのがわかる。成瀬は指先を悠介の頬に置いたままだ。

「悠介くんは俺の顔を見たくないの?」
「え…」
「俺は悠介くんの目に映りたいんだけどな」

 悠介の顔に成瀬の息がかかった。それくらい近くにいるんだとわかって、悠介は慌てて距離をとろうと後ずさった。

「逃げるなよ」
「え、だって、あの…」
「俺ね、悠介くんが好きだよ。好きでなきゃCDなんて作らない、気づいてなかった?」

 顔を真っ赤にして、首をぶんぶんと横に振る悠介に、成瀬は軽く笑い声を上げた。

「凄い真っ赤。それって、自惚れてもいいのかな」

 耳元で優しく囁かれて、悠介が思わず小さく頷くと、夢にまで見た成瀬の両腕にすっぽりと抱き込まれた。


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