コーヒー・チェリー


 赤く色づくコーヒーの実を、コーヒー・チェリーと呼ぶのだと教えてくれたのはヒロだった。


 初めて出会った時は真面目そうな奴だなという印象。
 高校生のわりに落ち着きがあって、穏やかで。
 クラスで困っている奴がいれば、ごく自然に手を差しのべる。話を聞いてやる。いつも笑顔で優しくて。妙にコーヒーについて詳しい奴。

 好い人ぶっているのではなく、それがヒロの人間性なんだとわかった時は、不思議に新鮮な心地がしたものだ。

 こいつ、そのまんまだって。

 そして、あまりクラスでは目立つほうではなかったけれど、その人間性ゆえに隠れファンが多かったし、実際モテてもいた。
 それなのに、いくら告白を受けても、ヒロは彼女を作ろうとはしなかった。
 それが不思議でならなかった。

 勿体ないからとか、とりあえずとか思わないのかと訊いてみたら、

「嫌いではないけれど、好きという気持ちなしに付き合うのは相手に失礼だから」

 と、これまた固いと言うか真面目というか、そんな言葉が返ってきた。
 その言葉に、俺はまた胸が透くような不思議な感覚に襲われたのだ。

 その感覚にはまだ名前はついていなかったけれど。
 不思議としか言いようがなくて、自分のボキャブラリーのなさに呆れ返ったりで。
 それからしばらくして、ヒロはアメリカへ行ってしまったから、ソレの正体はうやむやになって記憶の底へ沈んでしまったのだ。

 けれど今なら、きっとソレに名前をつけることが出来ると思う。


 赤く色づくコーヒー・チェリー。
 中にはふたつの豆が向かい合って鎮座している。


 それが俺とヒロのふたりなんだって言ったら笑うか?

 嬉しいって、笑ってくれるか?


(main小説「金星」より)


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