このドアの向こう側


「おはようございます」

 朝ではないがね。

 スラリとした長身の立花君が裏口から入ってくると、狭い事務所が更に狭くなるから困り者だ。
 実際に部屋が狭くなるわけではないのが、そう感じるのが何とも嫌だ。
 そう感じてしまう自分が嫌だ。

 おはようと返してから、立花君が着替え始めるのをぼんやりと見ていた。

「何ですか?藤田サン」
「眼鏡はどうしたんだい、立花君」

 先日、ふたりの休みが重なったから、無理矢理に眼鏡を買いに出掛けたのだ。
 いわゆる、買い物デートというやつだが。
 立花君に良く似合う眼鏡をセレクトしてやったのに、かけていないのは何故なんだ?

「あ、ありますよ。店に来てからかけようと思って」

 そう言うと立花君は、使い古したクタクタのバッグから眼鏡ケースを取り出した。
 鮮やかなワインカラーのケースをきごちなく開けると、中から黒いフレームの眼鏡をそっと取り出す。

 ふむ、長い指だな。

 その長い指先が眼鏡のツルを開く。少し俯き加減の顔に影がかかって、するりと伸びた鼻梁が際立って見えた。
 顎を右へ動かし、左の耳からツルを引っ掻けるような感じで眼鏡をかける。
 正面を向いた目と、ばっちり視線が合わさる。

「どうですか?藤田サン」

 眼鏡をかけたまま、ふわりと立花君が笑った。
 いつも横顔ばかり見ていたから、改めてこうして向き合うのもおかしなものだが。

「俺のセレクトに間違いはない」
「ですね」

 クスクスと笑い声を溢したのは何故なんだ?

「何がおかしいんだ、立花君」
「だって、藤田サン。ガン見するから」

 そりゃ、そうだろう?
 自分の選んだ眼鏡をかけているとなれば、じっと見てしまうのは当たり前だろう。
 しかも、それがとてつもなく似合っていたら、誰だって見惚れてしまう。

 見惚れる…?

 俺は見惚れたのか?

 今一度、立花君を見上げてみる。
 眼鏡の似合ういい男だと思う。
 俺のセレクトに間違いはない。

「藤田サン?」

 また、立花君が笑う。
 優しい声音で、眼鏡の奥から笑いかけてくる。

 「いつまでも笑っていないで、早くレジへ行くんだ、立花君」
「はい、わかりましたよ、藤田サン」

 立花君は笑いを溢しながら、店内へと続くドアの向こうへ足早に消えていった。
 それを目で追いかけながら、俺も何だか楽しい気分になっていた。

 うん、やっぱり眼鏡だ。
 眼鏡がいいよ、立花君。

 そんなことを思いながら、俺は閉まりかけたドアに駆け寄り、店内へと向かった。


(「眼鏡美人観察日記」より)


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