眠り姫はオレンジの香り


 すっかり高校生活にも慣れてきた頃、意味不明な数字の羅列に殺されそうになって屋上へ逃亡。
 歩兵がしばしの休息をとっていると、同じく逃げてきた歩兵がひとり。

「あれ、先客?」

 長めの茶髪をカチューシャでかき上げるようにとめた山口が、当たり前のように高畑の隣に腰を下ろした。

「珍しくね?高畑がサボるの」
「サボりじゃないよ、戦士の休憩だ」
「どこの国の兵士だよ」

 へらへらと笑いながら、山口は金網にへばりつき空を見上げている。それを尻目に高畑は目を閉じて、寝る体制に入った。

「高畑、青いぞ、空が」
「あったりまえだろが」
「え〜?そうかなぁ、夕焼けは赤いじゃん」
「今は昼間だ」
「何で、昼間の空は青いんだ?」
「知らないし。てか、うるさい」

 え〜、寂しいじゃんと騒ぎ立てる山口に、高畑はポケットからあるものを取り出して投げてやった。

「お〜チュッパチャプスじゃん。俺、好きなんだよねぇ」
「それでも舐めて黙ってろ」
「何味〜て、オレンジかぁ」

 ガサガサと包み紙を剥がす音がして、チュッとアメに吸い付き、カラコロと歯に当たる固い音が高畑の耳に流れ込んでくる。

「オレンジも旨いけどさ〜ブドウも捨てがたくね?」

 目を閉じていることなどお構いなしに話しかけてくる山口に、高畑は呆れながらも、そうか?なんて返事をしていた。

「甘酸っぱいのがさ、旨いんだって」

 高畑はそっと薄目を開けて、隣で楽しそうに話す山口を盗み見た。
 右手を金網に、左手にアメの棒を持って。
 女子がきゃあきゃあ騒ぐ整った横顔と、少しだけ開いた唇。その唇からピンク色の舌がチョロリと動くのが見えて、柔らかそうだな、何かエロいな〜と思った。
 そう思ってから、そんなことを考えた自分が何だかおかしいことに気づいた。

 ヤバくないか、俺。

 ブルブルと頭を振りながら、嬉しそうにアメを舐め続ける山口に背を向けて、高畑は本格的に眠りに入ろうとした。

「あ、寝ちゃうんだ。寂しいなぁ〜、んじゃ、俺も寝る」

 つまらなそうに呟いた山口は、高畑の横にゴロリと寝転んだかと思うと瞬く間に寝息をたて始めた。

 高畑はそっと身体を起こして、山口の顔を覗き込んだ。あめ玉が口に刺さったままだった。

「バカか、窒息するぞ」

 半開きになった唇から、ずるりとあめ玉を引き抜く。引き抜いてから、むき出しのアメをどこにも置くことが出来ずにため息をついた。
 一瞬、自分の口の中へ入れようとしたが、さすがにそれは理性が働いた。

「どうすんだよ、これ」

 すやすやと気持ち良さそうに眠る山口を、高畑は苦々しげに見下ろした。
 辺りにはオレンジの甘酸っぱい香りが漂っている。
 結局、高畑は山口が起き出すまで、アメを片手に訳のわからない気持ちにイライラする羽目になった。

 それからというもの、高畑はチュッパチャプスを見るたびにあの場面が思い出されて、モヤモヤした気持ちに苛まれることになった。

 切っ掛けなんて、いつでもこんな些細なことに違いない。

(main小説「UFOの夏」より)


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