花子さまが見てる
明日は休みではなかったけれど。
何となくそんな雰囲気になって、裕一郎はソファーで一緒にテレビを見ていた良紀の肩を抱き寄せた。
右手で細い顎を持ち上げてキスしようとしたら、良紀の目が一瞬、左右に泳いだ。
「イヤ?」
「キスだけならいいけど」
「それで終わると思う?」
「明日、休みじゃないし…」
「イヤなのか?」
そうじゃないんだけど。
ジリジリと迫ってくる裕一郎とソファーの背もたれに挟まれて、良紀は身動きが取れなくなる。
抱き合うのは好きだ。
けれどソファーだと逃げ場がなくて、攻めあげられて酷く感じてしまうことが恥ずかしいのだ。
ズリズリと後ろに逃げていた腰を両腕に抱き込まれて、そのまま裕一郎の膝の上に座らされてしまい良紀は顔がカッと熱くなるのを感じた。
「だ、ダメだって」
「恥ずかしい? 照れちゃって可愛いな」
「は、花子が見てるし」
「花子?」
聞き覚えのない名前に裕一郎が首を傾げる。
そして、何かに思い当たったように「あ!」と声をあげた。
「お前、また貰ってきたな」
「え、だってさ、最後のひとつだっていうんだもん」
裕一郎は良紀を膝に抱いたまま、あたりをキョロキョロと見回した。
そして、部屋の片隅にいつの間にやら鎮座しているチューリップの鉢植えを発見した。
以前、良紀は職場近くで配られていたラベンダーの鉢植えを貰ってきたことがあった。
生来、愛情を注ぎすぎるところのある良紀は、ラベンダーに太郎と名前をつけ可愛がっていたのだが、結局水をやり過ぎて根腐れさせてしまったのだ。
そしてそのままゴミ箱行きになりそうだったところを、マンション入口の傍にある誰が作ったのかはわからない花壇にコッソリ埋めたのは裕一郎だ。
その後、何故か太郎は復活して、季節毎に青紫色の花を咲かせマンションの住人を楽しませているけれど。
「ね、花子が見てるから今日はキスだけ…ね?」
裕一郎の額に自分の額をグリグリと擦り寄せて、良紀は可愛くお願いをしてみせた。
そんな良紀を膝から下ろし、裕一郎は立ち上がり小物入れの引き出しを開けると、そこから白いリボンを取り出した。
裕一郎はプレゼントについているリボンを取っておく癖がある。
「それ、どうするの?」
「恥ずかしいなら目隠しだろ」
「えっ!? ちょっと…」
良紀は思わず身構えたのだが、裕一郎はソファーの前を通りすぎ花子のところへ。
「ほら、これで見えないよ」
裕一郎の言葉に良紀は花子に目をやった。
白いリボンは花子の赤い花弁に巻き付いて、本当に目隠しをしているみたいな姿になっていた。
「うわ、何かすっごくやらしいんだけど」
「いいアイディアだろ」
楽しそうにニヤニヤしながら近づいてくる顔に、良紀はもう逆らう気力をなくしていた。
単なる言い訳だったはずなのに、本当に花子に見られてしまう…そんな気がして。
良紀は紅くなる顔を慌てて裕一郎の胸元に隠した。
(main小説「恋するふたり」より)
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