いずれは誰もが天空の星


 新宿駅から特急あずさに飛び乗って、あの人の後を追いかけて来てしまった。

 後先なんて考えてなかった。
 いま行かないと後悔してしまう。ただ、それだけの気持ちで携帯と財布だけを持って、この空気のきれいな高地の街へ心ばかりが先走りして。

 改札を駆け抜け、貰った名刺の住所を頼りにタクシーへ乗り込み目的地に着いた途端、外へ転げ出るように降り立った。
 こんな行動を取ってしまった自分が信じられない。
 遠ざかっていくタクシーのヘッドライトを見送りながら、青は知らぬ間に握りしめていた手のひらをゆっくりと開いた。
 クシャクシャに潰れてしまった名刺を慌てて指先で伸ばし、真ん中にある名前をそっと撫でる。

「俺の故郷は星がきれいなところなんだ。こぼれ落ちそうなくらいだよ」

 あの人の言葉を思いだし、青は真っ直ぐに空を見上げる。

 東京から列車に揺られて二時間あまり。
 時計が示す時刻は真夜中まで届いてはいなかったけれど。
 見上げた空は、漆黒の闇夜に幾万もの宝石をばら蒔いたような星の数だ。
 あまりの凄さに目を見張ったまま、青はその場にじっと立ち尽くしていた。


 何万光年の彼方から降り注ぐ光は、一体どれ程の時間と距離をかけてこの地球に届いたのだろうか。
 その存在を地球に知られる前に消えてしまった星もあるだろうに。
 ここに立ち尽くす自分と頭上に輝く星は今、間違いなくここに存在しているはずなのに、そこにはもう存在していない光だなんて。

 流れていく時間もあの人との距離も、自分が存在することの意味も全てあやふやになっていくのがわかる。
 生まれては消えていくたくさんの星の、その消えていく速さに哀しさと愛しさを感じながら。

 いずれは全ての命が天空の星になるならば、生きている間に伝えなければならないことがある。
 身体の隅々まで、トクトクと血液を送り続ける心臓が動きを止めてしまう前に。

 あなたに伝えなきゃいけないことがあるんだ。

 
 青は足の裏で大地の固さを確かめながら、そろりそろりと歩き始める。
 まるで初めて立ち上がった子馬のように微かに震えながら。

 いずれあの人もボクも消える運命ならば、声を持って生まれてきたことに感謝したい。
 青の足取りは少しずつ力強くなり、早くなり、そして遂には駆け出した。
 長めの髪を揺らして。
 細い手足を懸命に振り上げて。
 星降る街の夜の帳の中へ走っていく。

 その後ろ姿はまるで、草原を走り抜ける若馬のようにしなやかで美しかった。

 いずれは誰もが天空の星になるならば、あなたは誰に何を伝えたいですか?


(「星降るいつかの夜のこと」より)


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