恋人心理
新たに入荷したトップスを検品した後、良紀は丁寧にたたみながら棚に並べていく。
平日の午前中は人気カジュアルショップ【FREAKS】といえどもまだ静かなものだ。
季節の変わり目。
素材は薄く軽やかなものから、少しだけ温かな手触りのものに変わり、色味も暖色系が増えてくる。
(これ、ユウに似合いそうだな)
一見、何てことのないカットソー。
けれどよく見れば、下へのボディラインが微妙にシェイプしているのがわかる。
ウエストから腰回りがもたつかないような、すっきりとしたデザイン。
開いた襟口も首筋や鎖骨が綺麗に見えるギリギリだ。これ以上開いたらだらしないし、よれよれに見えてしまう。
ブランドに特にこだわりのないユウのコーディネートは、良紀の手によるものがほとんどだ。
昨日、久々の買い物デートで、またユウはスカウトに声をかけられた。
そう…【また】である。
すらりとした上背に広い肩。長い手足。
無造作に見える黒髪。屈託のない笑顔。
確かに誰が見たってカッコイイと言うだろう。しかも洋服のコーディネートは良紀だ。カジュアルでありながら品良く仕上げたスタイルは、ちょっと自慢したくなるほどの出来映えだ。
カッコイイだろう?
オレのコーディネートだぜ。元が良いから映えるだろ。
街中で声をかけられて名刺を差し出されるたびに、心の中で小さくガッツポーズをするのだが、これが2回、3回と続くと今度は反対にイラついてくる。
見てんじゃねぇよ。
気安く声なんかかけるなよ。
コイツはオレのだ。触んなよ。
イラつく良紀に気づいたのか、ユウは整った顔に戸惑いを浮かべて懸命に名刺を押し返し始める。
「困ります」
「とりあえず受け取って下さい」
バカだな。
とりあえず受け取って後は無視すればいいのに。
バカ正直に頭を下げて断るのは真摯だけどさ。それじゃ益々相手はユウの人柄に惹かれてしつこくするのに…。
見た目だけじゃないユウの魅力をたくさんの人に知られてしまうことが、何となく嫌だ。こんな嫉妬はしたくないけれど、人気スタイリストとしてのユウを広く知って貰いたい気持ちもあるし、心中穏やかではない。
「それ、何か問題あったか?」
知らぬ間にそばに来ていた店長の声にハッと我に返り、良紀は握りしめていたカットソーを綺麗にたたみ直した。
「あ、いえ何も。これ、ユウに似合いそうだと思って」
「ああ、あのカッコイイ幼馴染み君か。彼は何でも着こなしてしまいそうだね」
「はい。お陰さまで一緒に出掛けるとスカウトされまくってますよ」
さも、面倒くさそうに言葉を吐く良紀に店長は笑いながら小さく呟いた。
(モテる相方は困るよね)
「え?」
「いや、何でもない。それ終わったら雑貨の方もよろしくね」
「うわ、優しい顔して人使い荒いな」
「うはは、働け働け小市民」
「うえぇ〜」
止まっていた手を再び動かしながら、良紀はさっき見ていたカットソーに手を伸ばした。
「売れる前に買っとこうかな」
(main小説「恋するふたり」)より
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