胸に吹く風


 いつの間にか眠りに落ちた和臣の目蓋に、そっと唇を落とす。
 広いベッドの上に投げ出された手足が愛おしい。

 ヒロはふと、初めて和臣に出会った日を思い出していた。


 季節外れの転校生は黒い瞳をしていた。
 自分と同じ日本人で、黒髪に黒目。でもどこか違って見えたのは、和臣が帰国子女だったからだろうか。


 真っ直ぐに伸びる背筋と、クッ…と引きこまれた顎先の尖り。
 足の運び方や腕の組み方。
 彼の動きひとつひとつが、ヒロの知るそれとまるで違っているのは、纏う空気が違うからだろうか。


 教室の黒板側のドアから君が現れたあの日。
 確かに風が吹いたんだ。
 知らない風がピュウピュウと、それは盛大に。

 だから僕は自分が学級委員だったことに、初めて感謝したよ。
 だって君に近づけるだろ。
 ニコニコ笑いながら、よろしくって挨拶して…あれからもう何年になるんだろうね。


 君は今でもこうして僕の隣にいて、無防備にアクビなんかしてる。
 目尻に涙なんて溜めて、寝ぼけてふにゃふにゃ何か言ってる。

 そんな姿を見る度に、僕の心に風が吹くんだ。
 甘くて切なくて痛いくらいの、風が吹くんだよ。
 この風はきっと一生やむことはないんだろうな。


 そう思いながらヒロは、幸せそうに眠りこける和臣の鼻を突っついた。

 朝はまだ、ふたりからは遠いところで息を潜めていた。


(main小説「金星」より)


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