はちみつの味 3


 生徒のいない静かな廊下。緩やかな陽射しが裕一郎の足元に小さな影を作る。

「溢れ出る光…か」

 裕一郎はポツリと呟いた。
 校庭から野球部の掛け声が聞こえて、ああ甲子園に向けて頑張ってるんだなとかそんなことを思いながら。
 裕一郎は良紀の待つ美術室へ急いだ。


 美術室へ入ると、良紀は窓辺近くの机に突っ伏して眠っていた。
 程よい暖かさとガラスを通した柔らかい光。それを受けてキラキラと光る良紀の色素の薄い髪。
 裕一郎はそっと近づき、良紀の傍らに腰を下ろした。

 白い頬、伏せられた長い睫毛、うっすらと開いた唇。静かに呼吸を繰り返す胸の微かな動き。
 どれもこれも裕一郎にとって愛しいものばかりだ。

 裕一郎は美術室をぐるりと眺める。
 棚の上に並べられたデッサン用の石膏像や、壁一面に貼られた生徒たちの水彩画。微かに鼻を掠める絵の具の匂い。
 降り注ぐ光の中、何だかこの世で二人きりのような気持ちになってくる。
 裕一郎は気づかれないように手を伸ばし良紀の髪を撫でた。壊れ物を扱うかのように優しく何度も。
 そして、誰にも言えない秘密を打ち明けるように、はちみつ色に光る髪にそっとキスを落とした。
 その一瞬、ふわりと甘い香りが髪から立ち上った。

◇◆◆


 暖かで優しい夢を見ていたような気がして良紀は目を覚ました。
 ベッドの隣にはいつもと変わりなく裕一郎がいて、おはようと声をかけられ頬にキスをされた。

「あれ?俺、夢見てた?」
「どんな?」

 裕一郎は良紀を腕の中に抱き込みながら、柔らかな髪に指を絡ませる。

「懐かしい夢。俺と裕一郎が自転車に乗って学校に行くんだよ」
「ああ、よくふたり乗りしたよな」
「うん、それから学校の美術室に行って、先生に呼び出された裕一郎を待ってる間に眠っちゃってさ。だからいま目が覚めて、一瞬どこにいるのかわからなかったよ。何か、タイムスリップしたみたいだった…」

 優しく優しく髪を撫でられて、良紀はまた微睡みの中へ落ちようとしていた。
 ああ、あの時も確か、裕一郎が髪を撫でてくれたんだよね。何だか嬉しくて眠ったふりをしていたんだっけな。裕一郎は気づいていなかったけど。
 裕一郎、俺はあの時、嬉しかったんだよ。
 知らなかっただろ?


 春の陽射しは甘く、はちみつ色に輝いて。
 ふたりがまだお互いの気持ちに気づかずにいたあの頃。あの美術室の窓辺でキラキラと光っていたのは、多分、ふたりの未来だったと今ならわかる。

 裕一郎の胸元に頭を擦り付けて、良紀は唇に笑みを浮かべた。
 そして、ゆっくりと甘い思い出の中へ落ちていった。



【Fin】


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