はちみつの味 2


「なんだ水原、お前くっついてきたのか?」

 靴を履き替えてふたりが職員室に向かうと、ちょうど廊下で美術部顧問の浜田と鉢合わせした。

「浜ちゃ〜ん、可愛い教え子に冷たいわぁ」
「うるさい、幽霊部員が何言ってる。運動部で遊んでばっかりの奴を可愛いとは言わんぞ」

 浜田は手にしていた名簿で良紀の頭を軽くはたいた。

「守山、日曜なのに呼び出して悪いな。直ぐに済むから職員室に来い」

 わかりましたと言いながら、裕一郎はその視線を良紀へ下ろした。
 どうする?どこかで待ってる?
 裕一郎が目で話しかけると、良紀は裕一郎を見上げて美術室で待ってるからと、浜田から鍵を受け取った。
 ふたりのやり取りを見ていた浜田は、お前らはホントに仲がいいんだなと笑い、図体ばかりデカイけどやっぱりお前らは可愛いな、と何か眩しいものでも見るかのように目を細め優しげにふたりを見上げた。


 職員室に入り、浜田は裕一郎と向かい合わせにした椅子に座ると早速といった感じで話を始めた。

「お前の進路のことだけどな、まだ高校二年に上がったばかりで実感はないだろうが、夏までには進路を決めなきゃならん」
「…はい」
「お前なら美大への推薦が貰えると思うんだが、どうだろう?やっぱり行く気はないのか?」
「先生、俺は…」

 裕一郎はその先の言葉を飲み込み俯いた。浜田はそれ以上突っ込むことはせずに淡々と話を続けた。

「守山、私はね、お前のお父さん…守山裕輝の絵が大好きでな。初期の青シリーズも好きなんだが、途中から作風が変わっただろう?急に絵の中に眩しい光が生まれたみたいに」

 裕一郎の父親は、日本を代表する洋画家のひとりである。
 子供の頃から抜きん出た才能を持ち、美大生時代には個人的なスポンサーがついていたほどの人物だ。
 裕一郎もその血を間違いなく受け継いでいる。

「あの光は何だったのかなと思うんだよ。キャンバスの内側から溢れ出るようなあの光は、一体どこから生まれてきたものなのかなって」

 裕一郎は黙ったままだ。
 はっきり言って、父親の作品をきちんと鑑賞したことなど一度もない。寧ろ、意識的に避けてきたと言っていいほどだ。
 父親を嫌っているわけではないのだが。ただ、あの有名人との距離の取り方がよくわからないでいるのだ。

 裕一郎の脳裏に一瞬、父親の横顔がよぎる。
 普段は気弱そうで線の細い雰囲気をしているのに、キャンバスに向かうその時だけは、茶色に透き通る眼差しが靭く光る。
 キャンバスの向こう側に何を見ているのか…子供の頃は知りたくてたまらなかったけれど。


「守山、部外者にはわからない色々があるんだろうけどな、持てる才能を無駄にはしないで欲しいんだよ。自分の理想とする作品を描きたくても描けない人間もいるんだ、私のようにね。だからよく考えて欲しい」

 浜田は言葉の最後に裕一郎の頭をそっと撫でると、静かに立ち上がった。
 以前から美大への進学を薦められていたのだが、裕一郎は全く別の道へ行こうと決心していた。
 まだ誰にも話していない進路。そろそろ母親だけにでも話さなければと思っていたところだった。
 裕一郎はのろのろと立ち上がると、浜田に一礼して職員室を後にした。


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