火曜日のロミオ 2


「へぇ、名前、変わるんだ」


 意を決して、事の成り行きを話した裕一郎に対して、良紀の態度は実に呆気ないものだった。
 家の二階にあるベランダから、隣り合わせの良紀の部屋に忍び込んだ夜。膝を付き合わせて神妙に切り出した裕一郎に、良紀は笑顔を浮かべて応えていた。


「え、それだけ?」
「それだけって言われてもさぁ、もっと驚いたほうが良かったかな」
「…いや、そういう訳じゃないけどさ」
「うーん、あのね、なんとなくさ、知ってたっていうか、特殊な家なんだろうなって思ってたし、色々さ、言う人っているじゃん? それでなんとなくさ」
「ああ、そうか」


 父親が有名な画家であるということは知られていたし、名前が違うことも周りはみんな知っていたという訳だ。
 名前が違うという意味も(実際は実子だが)裕一郎は把握していなかったが、分かる人には分かるということだ。


 綺麗に整頓された良紀の部屋には、机と一人で寝るには大き過ぎるベッドに手触りの良い赤いクッションが幾つか転がっており、中学生の部屋としてはあまりにシンプルで、落ち着いた雰囲気があった。
 片付け下手な裕一郎にとっては羨ましいほどの綺麗さで、いつも時間があればこの部屋に入り浸っている状態だった。


「でもさ、何か疲れちゃって。これから受験なのに」

 クッションを顔を埋めて膝を抱え込む裕一郎に良紀はため息をついた。


「あのさ、この間の、英語の授業で習ったやつ、覚えてる?」
「英語? なんだっけ」


 良紀の言葉に顔をあげた裕一郎は首を傾げた。


「ロミオとジュリエットだよ」
「ああ、何か有名なセリフの。あなたは何故ロミオなのってやつね」
「うん、その後に続くセリフ覚えてる?」


 暫く考える素振りをした裕一郎だが、元々英語が苦手ということもあってすぐに首を横に振った。


「あの後にさ、出てくる言葉なんだけど……違う名前でも薔薇は薔薇。甘い香りは変わらないってセリフがあるんだよね」
「それ、どういう意味なの」
「わかんないの?」
「うん、だって英語、得意じゃないもん」
「英語っていうよりもこれは国語だろ。もう受験だってのに大丈夫かよ」


 良紀の呆れたような言葉に、裕一郎は再びクッションに顔を埋めてしまった。
 そんな様子を良紀は軽く笑いながら、裕一郎の頭に手を伸ばした。


「あのね、違う名前でも、俺にとってユウは前と同じユウだよ。何にも変わってないし、これからも変わらないってことだよ」


 小さな子供にするように、良紀は優しく頭を撫でながら話しかけた。
 黒く柔らかい髪だった。
 この幼馴染みは自分よりも体が大きいくせに、変に子供っぽいというか幼い感じがするのだ。


「ホントに変わらない?」
「変わんないよ」


 恐る恐る顔を上げた裕一郎に、良紀は満面の笑みを向けた。
 名前は変わっても、人間の本質などそんな簡単には変わらないものだ。


「同じ高校行くんだろ?」


 裕一郎は小さく頷いた。

 その顔は、初めて出会った幼稚園の頃と変わらなかった。


 【泣き虫裕一郎】


 何か言われれば、黒く大きな瞳に涙をいっぱい溜めていた裕一郎。
 あれから何年も経ったのに。


「見た目はカッコ良くなったのに…」


 そっと呟いた言葉は裕一郎の耳には届かなかった。

 窓から見上げる夜空にはオリオン座が輝き始める季節。
 ふたりの関係はまだまだ変わらない、とある火曜日の夜の話だ。


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