日曜日には花を抱えて 2


 今の時期、花なんてあまり売れないのかと余計なことを思いながら、甘いもの好きな良紀の顔がふと脳裏に浮かんだのでカゴから幾つかクッキーを掴むと店員に差し出した。


「これをお願いします」
「ありがとうございます。只今お包みいたしますね」


 店員は頭を下げるとレジへ戻っていった。
 裕一郎もそのまま店内へ足を踏み入れた。
 毎日のようにこの通りを歩いていたのに、花屋があるとは気づいていなかった。


 こじんまりとした店内はほとんどがガラスケースでしめられており、レジや作業する台は店内の奥にあった。
 花束に使うであろうリボンやカゴや、淡い色合いのペーパーやセロファンなどがぎっしりと置いてあったが、決して窮屈な感じはなく、むしろ小さい分、全てに手が届くような、気持ちが行き渡っているような暖かい雰囲気の店舗だった。


「お待たせいたしました」


 ハロウィンカラーであるオレンジ色の袋にクッキーを入れると、可愛らしいカボチャの形をしたシールで封をしてくれた店員は、店内を物珍しそうに眺めていた裕一郎に笑顔を向けた。


「あ、ありがとうございます」


 慌ててパンツのポケットから財布を取り出し、千円札を手渡した。
 そしてその時、ふと目の端にとある花が映った。


「…え、チューリップ? こんな時期にあるんですか?」


 驚いて呟いた裕一郎に店員はガラスケースを覗きこみながら頷いてみせた。


「通常は今の時期にチューリップなんてありませんよ。それは特別なんです」
「特別?」
「はい、理由はよく解らないんですけど、時期外れに咲いてしまったんです。売れるかどうか解らないですけど、折角咲いたんですから店内に並べてあげようと思って」


 店員は目を細めてチューリップを見つめていた。
 この人は本当に花が好きなんだろうと思わせる暖かな眼差しだった。


「そうですか、だったら自分が買いますよ」


 思いがけずそんな言葉が裕一郎の口から出ていた。


「え、いいですよ、時期外れで色も充分ではないですし、花も小さいので」
「いえ、折角咲いたんですから、自分に買わせて下さい」
「そんな申し訳ないです」

 暫く二人の間で押し問答が続いたのだが、結局店員の方が折れて、裕一郎は小さな赤い花束を手にして店舗を後にしていた。


「どうしたの、これ」


 家に着き、先に仕事を終えて帰宅していた良紀に花束を差し出した。
 良紀は嬉しそうに受けとると、早速花瓶にチューリップを生けた。


「時期外れだけどさ、咲いちゃったらしいよ」
「へえ、そんなこともあるんだね」


 良紀はダイニングテーブルの真ん中に花瓶を置き、途中だった夕食の準備に取りかかった。
 裕一郎は鞄からオレンジ色の袋を取り出し、花瓶の横に置いた。


「…トリック・オア・トリート……だっけ?」
「え、何が?」
「ハロウィンで言う言葉」
「ああ、確かに言うけどさ、何それお菓子?」
「そう、カボチャのクッキー」


 袋を見つめながら呟く裕一郎の姿に、良紀は思わず吹き出していた。


「あのさ、その言葉ってお菓子くれなきゃイタズラするぞって意味だよ?」
「そうだっけ?」
「そうだよ。自分からお菓子買ってきて、それ言うなんて変だよ〜」


 軽快にフライパンを振りながら、良紀は笑い声をあげた。
 そうか、だったら隠しておけば良かったかな。それで良紀のほうに言葉を言わせれば面白かったのかな…などと、あらぬことを思いながら裕一郎は着替える為に自分の部屋に入っていった。


 テーブルの上では小さなチューリップが揺れて、その横で袋から出されたカボチャクッキーが笑っている。
 明日は久々の休日。
 部屋は温かな空気に包まれていた。


【fin】


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