はちみつの味 1
春の陽射しが、窓辺から柔らかに射し込む日曜の昼下がり。
良紀が、ふと自室の窓から通りを見下ろすと、隣に住む裕一郎が制服姿で画材を抱え自転車に跨がっているのが目に入った。
「ユウ、どこ行くの?」
「学校」
「日曜だぜ?」
「美術部の顧問に呼ばれてるからさ」
窓から身を乗り出すように話す良紀を、裕一郎は目を細め眩しげに見上げた。
色素の薄い髪が風に揺れてキラキラと光っている。ご先祖様にイギリス人がいたらしいよと、いつだか良紀は他人事のように話したことがあった。
色白の肌に良く似合う茶色の髪。柔らかな手触りのその髪を、裕一郎が秘かに愛でていることを良紀は知らない。
「俺も行く、暇だし」
「えっ、オイちょっと」
裕一郎の返事を待たず慌てて学校の制服に着替えると、良紀はドタバタと家の階段をかけ降りた。
家でゴロゴロしているなんて、本当は良紀の性格には合わないのだ。
優しそうな見た目に反して、良紀は明朗快活で男らしく真っ直ぐな奴だ。簡単にいうなら単細胞で分かりやすい性格。
家でジッとしているよりも、気の合う裕一郎と会っている方がいい。例え出掛ける先が学校であっても。
玄関を転げるように出てきた良紀に、裕一郎は笑いながら慌てんなよと声をかけた。
◇◆◆
この慌てん坊の幼馴染みに自分はどれだけ救われてきただろうか。
裕一郎は心の中でそっと、ふたりで過ごしてきた日々を思い返した。
無口で寡黙で、なかなか周りに理解されていなかった子供時代に、明るい性格の良紀が傍にいてくれたことで、寂しさも辛さも嘘のように消えていったのだ。
あの日、ふたりが初めて出会った日。
握りしめた手のひらの感触を今でも裕一郎は覚えている。哀しくて仕方なかった自分を優しく引き寄せてくれた手のひら。
それは何よりも優しくて暖かくて、ずっと忘れられない一瞬の出来事だった。
あの日から裕一郎は良紀に恋している。
…決して誰にも言えないけれど。
自転車の後ろに跨がった良紀を確認して、裕一郎はゆっくりとペダルを漕ぎ出す。
暖かな空気を纏いながら自転車が通りを走っていく。
良紀の髪が陽光を受けてキラキラと光る。裕一郎の黒髪も一緒にキラキラと光る。
良紀が訳のわからない歌を適当に唄い、笑わすなよ、転ぶだろうと裕一郎が文句を言って。
それだけで馬鹿みたいに楽しかった。自分達の未来や将来の夢や、大人になっていく不安だとか、そんなもの全く意にも返さずに。
ふたりはこの先もずっと一緒にいるもんだと疑いもしなかった。
ぐんぐんと走っていく自転車と腰に廻された腕。
笑いながら、はしゃぎながら。
裾を出しっぱなしの白いシャツが風を孕んでパタパタと揺れて。
いつもの賑やかさのない日曜の静かな学校へ、ふたりを乗せた自転車は滑り込んでいった。
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