日曜日には花を抱えて 1


 最後のお客様を見送って、店内を振り返れば時計の針はもう8時を過ぎていた。
 東京、青山。広い通りに面した人気ヘアサロン「STAGE-A」。
 日曜日は裕一郎目当ての予約客ばかりで、シザーを動かす指先に微かな痛みを感じるほどだった。


「お疲れさまです、今日は何だか凄く忙しかったですね」
「ホント、ありがたいけどさ、バラけて平日に来て欲しいって思う時もあるよね。思っちゃいけないんだろうけど」


 いつも裕一郎をサポートしてくれるアシスタントの森が、あまりの忙しさにグッタリとした様子で口を開いた。
 裕一郎はそんな森を励ますように、疲れに丸まった背中を軽く叩き笑いかけた。


「守山さん、何でそんな元気なんですか? 何か凄く体力ありますよね」
「体力なんてないない。明日、やっと休みだから嬉しいだけだよ」
「予定でもあるんですか?」
「いや、特に何かある訳じゃないけど、休みの前の日って嬉しくなるんだよね」


 自分は休みじゃないですよと文句を言う可愛い部下を尻目に、裕一郎は店内の片付けを始めた。
 使ったシザーを磨き、ブラシやカーラーといった細々したものを定位置に戻すと、床掃除を森に任せて足早に店を後にした。


 店舗の裏にある従業員出入口を開けると、すうっと冷えた空気が裕一郎の体を包み込んだ。
 つい先日まで蒸し蒸しとした日が続いていたのに、台風が過ぎた途端あっという間に秋の気配が訪れたのだ。
 店舗の目の前に広がる並木道も、夏の間はあんなに濃い緑色をしていたのに、今は茶色い枝を伸ばしているばかりだ。


 裕一郎は緩やかな坂道を下り家路を急いだ。
 通りは夜の8時過ぎだというのにまだまだ明るく、居並ぶ店はガラス張りのショウウインドウに煌々と灯りを照らし、遅くまで営業しているところばかりだ。


 裕一郎は何気なくそれぞれの店舗を流し見ながら歩いていた。
 するといつもとは違った雰囲気に気がついたのだ。
 クリスマスでもないのに、沢山の店舗に派手な飾り付けがされているのだ。何かイベントでもあったのだろうかと思いあぐねていると、とある店舗から賑やかな音楽と共に大きな看板の文字が目に飛び込んできた。


【ハッピーハロウィン!】


 オレンジ色のカボチャと、三角帽子を被った魔女や黒いコウモリのオーナメント。
 店の前に出されたカゴには、カボチャの形に顔の書かれたクッキーがうず高く積まれていた。
 ここは何の店だったかなと、裕一郎が思わず足を止めて店内を覗き見ると、それに気づいた店員がにこやかに近づいてきた。


「いらっしゃいませ、お土産にいかがですか?」
「あの、ここって何屋さんでしたっけ」
「うちは花屋ですよ。今はハロウィンの時期なのでカボチャのお菓子も販売しているんです」


 改めて店内を見ると、確かにそこは花屋で色とりどりの花がガラスケースの中で咲き誇っていた。



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