鏡の中の男 3


 晴れ上がった青空から溢れ出す陽の光を受けて、磨き上げた鏡がピカッと輝いている。
 反射した光は白い内装の店内に広がり、裕一郎が佇むそこはまるで一気にスポットライトを当てたように白く浮いて見えた。
 ひと足遅れて出勤してきたアシスタントが一瞬声をかけそびれるほど、それはとても美しい情景だった。

「…お、おはようございます」
「あ、おはよう、森さん」
「お早いんですね」
「そうかなぁ、いつもと同じだよ」


 屈託のない笑顔を向けられて、森はカッと頬を赤らめた。
 森にとって裕一郎は尊敬する先輩であり、この業界に入るきっかけになった憧れのひとだ。
 アシスタントという立場上、誰よりも早く出勤しようと思っていても、いつも必ず裕一郎に負けてしまうことが悔しくもあり、流石だと感じる嬉しさもあった。


「守山さんは凄いです。僕はまだまだ足元にも及びません」
「な〜に言ってんだよ。俺だってかつてはアシスタントだったし、どんなに有名なスタイリストだってさ、最初は初心者なんだよ、みんな」


 そう、あのひとも自分にそう言ってくれたことがあった。
 魔法の言葉をくれたあのひとはその後独立をして仕事場をアメリカに移していった。ハリウッドの映画スターを影から支えるのだと嬉しそうに旅立って行き、今でもたまにその活躍をテレビなどで目にすることがある。
 あの日、空港で見送った背中は広くしなやかな強さを持っていた。

「みんな最初は初心者。だからこそ伸びていけるんだってね、憧れのひとが言ってたよ」
「守山さんにもいるんですね、憧れのひと」
「ああ、そのひとがいたから今の自分がいるんだと言ってもいいくらい」
「そのひとって、どんなひとなんですか?」


 黒目がちな瞳を大きく開いて好奇心いっぱいに訊いてくる森は、かつての裕一郎を彷彿とさせるような雰囲気をしていた。裕一郎もまた憧れのあのひとに近づきたくて仔犬のように後ろについて回ったものだ。
 森はあの日の自分だ。裕一郎は懐かしい気持ちで目の前の部下を見つめていた。
 そうしてまた、あのひとも同じように憧れのひとを思い出しながら自分を見つめていたのだろうと思った。


 磨き上げられた鏡の中、映り込む自分は今どんな顔をしているのだろうか。
 鏡の中で優しく笑いかけてくれたあのひとの器用に動く指先と、仕事に厳しくも思いやりのある声と引き締まった横顔は今でもはっきりと覚えている。
 毎日、毎日、繰り返されるルーティンワークの中で、同じ想いを持ちながらその道を歩いていく者たちの本当の姿を知っているのは、輝きながらも静かに佇む一枚の鏡だけだ。


 裕一郎は今一度、鏡の中の自分を見つめ返した。


【fin】


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