鏡の中の男 1
高校最後の年、誰もが父親と同じ画家の道を辿るものだと思っていたのに、裕一郎は全く違う方向へひとり歩き始めていた。
パンフレットを集め学校見学に足を運び、学費の確認や奨学金の有無まで調べあげ、自分自身でも驚くほどの行動力をもち続けた結果、とある学校を志望先と決めた。
両親に頭を下げるなど初めての経験だったのだが、反対されるかもしれないという懸念からごく自然にとった行動だった。
あれから何年が経ったのか。
裕一郎は今では20代女性に支持されるヘアサロンでシザーを巧みに動かす日々に追われている。
幼い頃から画家として将来を嘱望されていた裕一郎が、何故父親と同じ道を選ばなかったのかといえば、その答えはとてもシンプルで明快なものだった。
自分は天才ではないから。
それが答えだった。
裕一郎の父、守山裕輝は言葉をやっと話すくらいの年齢からすでに異彩を放っていたという。
誰が教えた訳でもないのに家にある鉛筆やペンを勝手に握りしめ、紙という紙(大切な本や手帳なども含め)に絵を描き、幼稚園に進むとそれは更に加速してあらゆる場所に絵を描いてしまうので、ついには幼稚園を退園させられてしまったという逸話があるくらいだ。
そんな人間の息子だからといって同じような破天荒さを求められても困るし、何よりもそんなに夢中になるほどの魅力を絵画に感じていなかったのだ。
だからこそ、自分の将来について思い悩むことが多く、もやもやとした気持ちをまぎらわす為に煙草を吸ってみたりもしたのだが突破口など見つかるはずもなく、学校へ提出する進路調査表も真っ白なままの日々が続いていた。
しかし、思いもよらぬところから道が拓けた。
それは幼馴染みの良紀と買い物に出掛けた日曜日のことだった。
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