たかが紙切れ1枚 3


「あれなら捨てたよ」

 良紀の口から出たのは、約二日間、ぐるぐると考えていた裕一郎の気持ちをひょいと抱き上げるような言葉だった。

「捨てたの?」
「うん、捨てた」
「そんな簡単に?」
「あれさ、知らない間にポケットに入ってたんだよね。誰だかわからないし、気持ち悪いからお店で捨てようと思ってたの忘れててさ」

 あっけらかんとした雰囲気で話す良紀に、裕一郎は自分のジメジメした性格が心底嫌になりそうだった。

「ごめんね。何だか俺、バカみたいだ」

 裕一郎はガクリと肩を落とし、心配をかけたであろう良紀の頭をすまなそうに撫でた。
 優しく滑る指先にうっとりと目を細めながら、良紀の喉は今にも猫のようにグルグルと鳴り出しそうだ。

「ユウ、その娘に妬いたんだ」

 ニヤニヤしながら見上げてくる良紀に、裕一郎は顔を赤くしながら口ごもる。

「嬉しいな。いつも俺ばっか妬いてると思ってたから」
「嘘」
「嘘じゃないよ。自分がどれだけモテるかわかってんの? バレンタインの時だって凄かったじゃん。何だよあのチョコの数。俺、山になってるチョコなんて初めて見たもん」

 毎年、バレンタインにはお店にたくさんのチョコレートが届く。
 それは裕一郎宛だけではないのだが、かなりたくさんのチョコが届くのは事実だ。

「俺は良紀のチョコしか食べない」
「わかってるよ。でもさ、チョコだけじゃないじゃん。手紙とか他にもプレゼントが来るだろ」
「全部、断ってるよ。あ、でも、他の店員に俺宛の手紙とか渡す娘がいるんだよね。あれはホントに困る。渡されても返しようがないからさ」

 そこまで話すと裕一郎は残り少なくなっていたコーヒーを飲み干した。
 そしてもう一杯注ごうと立ち上がろうとしたところで、良紀に腕を引っ張られた。

「あのさ、ひとつ訊いてもいいかな」
「うん」
「その返しようのない手紙って奴は、どうしたの?」
「どうしたって…」
「返してないんだよね? で、捨てたの?」
「え…、さぁ、どうしたかな…」

 明らかに目が泳いだ裕一郎に、良紀は更に食い下がった。

「俺が紙切れ捨てたって言ったら、そんな簡単にって訊いたよな? ユウは簡単に捨てられないからそう訊いたんだろ?」
「…離せって。俺はコーヒーが飲みたいんだ」

 立ち上がりながら視線を合わせようとしない裕一郎の背中に、良紀はソファーに転がりながら言葉を投げつけた。

「そうかそうか、わかったよ。俺もこれからは渡されたメモを大事にとっておこうかな〜」

 振り返った裕一郎は眉根を寄せて、忌々しげに良紀を見下ろした。

「言わないなら家捜ししちゃおうかな〜。手紙だけじゃないヤバイもんが出てきたりして〜」
「バカ、止せよ」
「あ〜慌てちゃって、裕一郎君、怪しいな」

 気づけばすっかり立場が逆転していることに、裕一郎は目眩を感じていた。

「ユウ、マジでどこにあるんだよ? あるなら今すぐ捨てろよ」

 良紀の声のトーンが一段低くなる。
 ソファーから体を起こして見上げてくる顔は、笑っていながらもその瞳の奥に力強い炎が見え隠れしていた。
 裕一郎はグッと息を飲んだ。

 たかが紙切れ1枚。
 されど紙切れ1枚。

 ドアの向こうで、洗濯機が洗濯終了を知らせるブザー音を鳴らしていた。


【Fin】


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