たたが紙切れ1枚 2


 今から二日前。
 土曜日の夜のことだった。

 明日の打ち合わせを兼ねて、仕事上がりに仲間で食事をして帰りが遅くなった裕一郎を待ちきれなかったのか、良紀はベッドに倒れ込むように眠っていた。
 相当疲れていたようだ。パジャマに着替えることもなく、シャツとジーンズを床に脱ぎ捨てたままになっている。
 しょうがない奴だなと笑いながら洋服を拾い上げた裕一郎は、ひらりと落ちた白い小さな紙切れに気づいた。

 何か大切なメモだと困るだろうと慌てて拾うと、そこには携帯番号とメールアドレスが書いてあった。
 下の方にはご丁寧に「お電話、メール待ってます。桃子」とメッセージまで入っている。
 ズキン…と心臓に痛みが走った。
 一体誰だこんなもの寄越すのは…と憤慨しながらも、大事なお客様かもしれないし、取引先相手かもしれないし、はたまた同僚かバイトの娘かもしれないとも思い、目覚まし時計のあるベッド脇のチェストに置いておいた。
 そしてシャワーを浴びてからパジャマに着替えると、手足を投げ出して眠っている良紀を胸に抱いて、そのまま眠りに落ちた。

 次の日、目覚めるともう良紀は出勤した後で、チェストに置いた紙切れもなくなっていた。
 ダイニングキッチンに用意されたサンドイッチとコーヒーを独りでモソモソと口にすると、知らずにため息が溢れて仕方なかった。

 昼間の仕事はそつなくこなし、その夜。
 裕一郎は自分が挙動不審になっていることに気づいていなかった。

 (あれは誰?)

 そのひと言で済むことなのに、訊きたいような訊きたくないような、モジモジと焦れったい心地がしてしまう。
 あれが誰だったとしても、例えば良紀にとって重要な立場のひとだったとしても、自分には何の関係もない人物で、口出しすることすら憚れるのではないだろうか。
 仮に良紀に恋愛感情を持った人物だとしても、貰った紙切れをどうするかは良紀の自由だ。
 自分だってお店でお客様からメモを渡されそうになったことは何回もある。
 その度に個人的に連絡先を受け取ってはいけないことになっているからと断ってきた。

 良紀の場合はどうだろうか。

 お客様からメモを渡されそうになったことくらいあるだろう。
 その時には丁寧に断っているのだろうか。何て言って断るんだろう。
 いや、そもそも断るのだろうか。絶対断るとは限らない。お客様とメル友になって売上に貢献することもあるかもしれない。

 帰宅してからどうにも良紀の顔を見れなくて、裕一郎は慌ててお風呂に入り、俯いたまま食事をとっていた。

「どうしたの?」
「…え」
「ずっと俯いてる」
「何でもないよ」
「そう?」

 向かい合わせに座ったテーブルには良紀お手製の料理が並んでいる。
 昔からお世話になっている良紀の母親直伝の家庭料理。里芋とイカの煮物、小松菜の煮浸し、だし巻き玉子、濃い目に煮付けた魚、炊きたてのつやつや光るご飯に具沢山のお味噌汁、良紀の母親から届く自家製の漬け物。
 凝ったものではないけれど、どれも懐かしくて心がほっとするような味付けの料理ばかりだ。

 ぼんやり食べていては悪いなと思い直して、裕一郎はほんのりと湯気をたてる料理に箸を動かし続けた。
 その姿を首を傾げながら見ていた良紀には気を払わなかった。

 そして現在。
 隣からじっと見上げてくる良紀の視線に、裕一郎は遅まきながら心配させていたのだと気づいたところだ。




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