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「何だ貴様は!!」

「ふぇ!?」


突然の大声に思わずビクリと肩を竦め、そちらへ体ごと向ける。
すると、大変御冠なご様子の殿方が、こちらを睨んでいらっしゃる。

確か、この方は……


「弦一郎殿?」

「何故俺の名を知っているのだ!」

「ひっ」

「す、すまん」

「い、え……こちらこそ、申し訳ございませぬ」


怒鳴られたことなどないので。
情けない話、ハラハラと涙が溢れて止まりませんで。
見兼ねた、彼が再び謝りながら背を擦ってくださいました。
お優しい殿方ですこと。


「それより、お前は一体何者だ」

「それは」


ちらりと自分の格好を見やる。
赤を基調とした艶やかな着物を着た黒髪、正に日本人形といった形。

そんな私が部屋の隅に居るところを目撃すれば、誰でも悲鳴の一つでもあげましょう。
自分の考えに悲しくなりながらも、このままで居る訳にもいきません。
私は少し思案しつつ、言葉を紡ぎます。


「私は……この家に住まわせていただいている、座敷童のひなと申します」

「ざ、座敷童だと!?」

「はい。信じがたいかもしれませんが」


そう申し上げると、彼は少し考え込み「しかし」と腑に落ちないような表情で口を開きます。


「それならば、何故俺はお前が見えているのだ」


確かに。私は限りなく霊的な存在に近いもの。
それなのに、何故弦一郎様に私の姿がお見えになっておられるのだろうか。


「わかりません、弦一郎様は霊感などはないはずなのですが」

「お前が俺を知っているのは、座敷童だからか?」

「はい。座敷童はその家に住まわせていただく代わりに、その家の方々を御守りし見届けるのがお役目ですから」

「……聞いたことがある、座敷童を追い出せばその家に不幸が降りかかることもあると」


顎に手をやり、思い当たる節を呟かれる彼の言葉に私は頷きます。


「半分当たっています。自分の意思でそこから出ていくなら、また違ってくるんですよ」

「そうなのか」

「はい、そうなんです」


こんな調子で二、三会話をさせていただきましたが、やはり彼は不思議な方です。

今の時代類いまれに見る、殿方としての威厳と自尊心をお持ちでおられる。
ですから、この家に住まわせていただくことを決めたのですが。
血筋とは凄いもので、この家は遙か昔からそのような殿方ばかり。


「ひな」

「はい」

「お前、俺以外と話したことは」


その質問に私は耳を疑いました。
そしてこの殿方はやはりお優しい方だと思わず口元が緩んでしまいました。
袖で口元を覆い、ふふっと少しだけ零れ落ちてしまった笑いを隠します。
彼には「有りません」と返しますと、驚いたご様子で目を見開かれるではありませんか。


「ではこの家にはいつ……」

「彼是200年、でしょうか」

「200!? そんなにも長い間、一人でこの家を見てきたというのか!」

「……やはり、あなたはお優しい方です」


私達、座敷童とはそういうもの。
常にその家の者たちから笑みを奪わぬように、孤独に耐え只管に支え続ける。
当人たちも知らぬ、縁の下の力持ち。
それが当たり前だというに。


「それは、辛く寂しいものではないのか?」


嗚呼、なんとお優しい殿方なのでしょうか。
時代は変われど、このお家の本質は変わらぬものか。


「それが、座敷童です弦一郎様」


そう申し上げると、弦一郎さまは「ならば」と私を美しい程純粋な瞳で射抜く。


「今日からは俺がお前に毎日話しかける、それで気を紛らわせないか」

「ほんに、貴方様という方は……」


何処まで私を喜ばせれば気が済むのでしょうか。
再び目元が湿ってきて「自分にも嬉し涙などあったのか」とまた笑う。

この家について本当に良かったと、心の底から嬉しく思いました。


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