財前光と365days | ナノ

離れたくない時ってあると思う



「光」

少し遠慮したような声が聞こえたのは休み時間の事、ひょっこりと廊下から教室を覗き込んでいるのは一つ上の彼女だった
にやついているクラスメイトをどついてから俺は彼女に駆けよる

「どないしたん?」

彼女と学校で会うのは部活の時と昼休みだ、ほんとは休み時間にも会いに行きたいけど
ぜんざいがいちいち俺の事を気にして時間の事を細かく言ってくるので昼休みにしか会いに行けないのだ
そんな彼女が休み時間に訪ねてくるなんて珍しい

「ごめん、ちょっと屋上行かない?」
「ええけど」
「ごめんね急に」

申し訳なさそうに言う彼女の頭を軽く撫でてから手を繋いで屋上に行く 
その合間に気づいたのだが彼女がいつもより近い
いつもは学校では恥ずかしいからと遠慮しがちに手を繋ぐ彼女がぎゅっと腕に抱きつくようにして歩いている
逆に歩きにくいのではないかというその歩き方もだが、彼女がそんな行動をとることの方が気になっていた

「…ほんま、どないしたん?」

屋上についてからそう聞くと、彼女は何も言わずにギュッと抱き着いてきた

「ぜんざい?」
「ごめん、ちょっとだけこうさせて」

そういった彼女の声がいつもより弱々しかった
抱きしめ返すとまわっていた腕の力が少しだけ強まる 
普段こちらが驚くほどマイペースで楽観的、常にポジティブな彼女がここまで弱っているのも珍しいものだった

「なんか、私今日は授業まともに出れる気がしない」

やっと口を開いた彼女の口から出たのはこれまた珍しいもので

「光と一緒にいたい、離れてるとか色々おかしくなりそう、ほんと無理」
「……」

これは、積極的に甘えられてるとみていいのだろうか。

「なんかあったん?」
「なんもない、けど急にこうなった」

そういってぜんざいは俺を見上げる 
自然とお互いの唇を寄せあい、離れるとぜんざいが苦笑した

「ごめん、もう大丈夫だから戻ろ?」

そうは言うが今だ俺の制服をつかんでいる彼女の手を見る限り大丈夫ではないのだろう
俺はそんな彼女の手を引く

「光?」

不思議そうな彼女に何も言わず俺は適当な日陰に座り込みぜんざいを膝の上に座らせる


「ぜんざい、次政経やろ」
「なんで知ってるの?」
「この前ぼやいてたやん」
「あぁ、そういえば…」
「なぁ」
「ん?」
「俺次日本史やねん」
「うわ羨ましい」
「…俺あれ眠くなんねん」
「まぁ話聞いてるだけだし」


そんなやりとりをして、俺は端的に切り出した

「…このままサボらへん?」
「え?」
「ぜんざいが大丈夫でも俺がダメになってしもた」

そういうと嬉しそうに笑ってありがとうと言うぜんざい、それだけで俺は何とも言えない暖かな気持ちになる
そのまま抱きしめあっているとほかのことなど忘れてしまうくらい心地が良い
このまま、時が止まってしまえばいいと思う
先の事を考えたくないとか、そんな思春期の悩みじゃない

ただ単にぜんざいと過ごすこの穏やかな時間にとどまりたいと、俺は思った


.
[ prev / next ]