壁なんていらないよ、本当に大事なものが隠れて見えなくなるから。
「なぁ」
放課後、人がいなくなったはずの教室で日誌を書いていた私に話しかけたのは財前くんだった
「どうしたの?」
私は当たり障りないよう皆に話しかけるように答えた
だけど彼は不満そうに私を見る
「ちゃうわ」
「え?」
「俺、そんな作った表情みたないわ」
ピシリと私の心が音を立てた気がした、それは今まで作り上げてきた自分の何かが崩れてしまうかもしれないという不安
「な、何言ってるの?」
「自分ほんまなんなん?」
「何って…」
「笑いたいならちゃんと笑えばええやん、取り繕う必要ないやん」
「…」
「壁ばっか作って逃げて、結局苦しいの自分ちゃうの?」
「っ…」
彼が言葉を発する度に心が泣いた、それは悲鳴でもあり、心の叫びでもあった
それ以上私の心に触れないで、そっとしておいて。
暴いて、私に気づいて。
二つの心が叫んでいた、今までだってずっとそうだった
私は気付いてほしかったのかもしれない、変わりたいと思いながら何もできない私を怒ってくれる人を待っていたのかもしれない
「怖がってたら、何も変われへんよ」
「わかってる、けど…!」
わからない、変わりたいのに何かが私を引き留める
それはやはり恐怖なのだろうか
変わってしまうことへの恐怖、周囲の目の恐怖
「怖いなら、俺が手引いたる」
「ぇ?」
「ちゃんと前向けるようになるまで道案内したる」
そしたら…そういって言葉を切った彼につられるようにして私は顔を上げた
初めて、彼と目があった気がした
普段人の顔色ばかり気にしてる私は友達とすら目があったらドキリとする
それなのになぜだろう、彼と目があっても怖いと思わなかった。
「自分で歩いて、俺の隣堂々と歩いてや」
「財前、くん…」
「俺、心から笑ったお前の顔見てみたい」
作んな、考えんな、自然体で行け、なんも怖いもんない、大丈夫。
まるで魔法のように
彼が一言一言、言葉を紡ぐ度に心が引き上げられていく感覚に陥る
先ほどまで恐怖していた彼の言葉が道しるべとなって、前を向き始めているのかもしれない
「私、変わりたい…」
「ちゃうわ、変わるんやろ?」
「…うん、そうだね。私、変わるよ」
言葉にしたら、自然と楽になった気がした
きっとこれはスタートラインに立っただけなんだろうけど、彼が手を引いてくれるなら、私が隣に行くまで待っててくれるなら…
――私は、歩みを止めないと思う。
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