柳さんと本の虫
ペラリ、ペラリと本を捲る度に紙が擦れる音と少しだけ開いている窓から入ってくる柔らかい風がカーテンを持ち上げる小さな音が心地よい
秋が過ぎ、冬が訪れようとしているにもかかわらず少し強い日差しが容赦なく私達を照り付け
その暑さとは正反対の刺す様な冷たい風が丁度良いバランスを保っていた
此処は図書室、私が定期的に通う場所であり心のオアシスと言ってもいい場所だ
友達は口をそろえて私を本の虫と言うが、私はただ本を読むのが好きなだけである
確かにその世界観にはまってしまえば周りが暗くなっても読み続けているし、話しかけられても気づかない場合がある
私は少しだけ閉じていた目を開け再び文章に目を通そうとした
「…菅野か?」
「ひゃぁ…!」
呼んでいる途中ならまだしも今集中力を切らし気を抜いていた瞬間に名前を呼ばれて思わず小さな悲鳴を上げてしまった
驚きと羞恥が入り混じった何とも言えない気持ちを閉じ込めるように胸元を押さえながら声のした方を見やる
「や、柳くん?」
「ああ、やはり菅野だったか…驚かせてしまってすまないな」
「ぁ、いや…私が気を抜いてただけで…」
気を抜いていたが故に変な悲鳴を上げてしまった、柳くんの前で…
ああ恥ずかしい、穴があったら入りたいってこういう気持ちなのかな
「…"風立ちぬ"か?」
「ぁ、うん」
閉じているわけでもないのに文章から何を読んでいるのかわかったらしい
彼はこの本を含むたくさんの本を私以上に読んでいるのだと思う
私が知らない知識をたくさん知っている彼の脳に嫉妬してしまう
「菅野はこういう本を読むのか?」
「ううん、基本面白そうなら何でも読むよ。最近は日本文学にはまってて…」
「なるほど」
「ほら、"羅生門"や"山月記"なんかは現代文でも教科書に載っていたりするでしょ?でもこういったのは自分から手を伸ばさないと…」
そこまで言ってついおしゃべりになってしまったと口を押さえた
「どうした?」
「…ごめん、聞いてもいないことつらつらと」
「いや、意外な一面が知れて俺としては嬉しいが…」
「そ、そう?」
「ああ、他にはどういうのを読んだんだ?」
「えっと…最近読み始めたから少ないけど"夢十夜"とか"吾輩は猫である"…あと"落穂拾ひ・聖アンデルセン"と"細雪"」
「随分面白い選び方だ」
私は最近読んだばかりだけど彼は随分と昔に読んだのだと思う、他にもたくさん
その知識を持っていてそう言うのだから私が数多くの日本文学の本からそれらを選び出したのはまた面白い選び方なのだろうか
単に有名どころや本で知ったものなどを手掛かりに進んでいったっ結果がこれなのだが
「そうかな」
「ああ、夏目漱石繋がりで言うなら"こころ"という本もおすすめだ」
「あ、ありがとう!」
思いもよらないところで会話が続き、しかもおすすめの本まで教えてもらえるとは思わなかった
その後は柳くんも隣に座って本を読んでいた…太宰治の"斜陽"という本で、読んだことがあるがもう一度読んでいるとの事
今度は読んだことのある本の話で花を咲かせたいなと思いつつ、二人して本を読む時間が当たり前になる日が追々来ることになるとは露知らず
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