きみの虜


 


10月の半ば、雨の日だった。
俺はいつも通りかかる公園で、箱に入った人を見つけた。その子は脱力したようにぐったりとして、雨に濡れるのを厭わず顔を空に向けていた。

「オニイサン、俺の事飼いたいの?」

仕事で疲れていた俺の目には何故かその子は天使の様に見えた。
まるで俺を癒してくれるために舞い降りた、……そんな天使みたいに。

それが俺と澪くんとの出会いだった。


ずぶ濡れの澪くんを連れ帰ってから無心で、まるで捨て猫でも拾ったかの様にそれが当たり前みたいに俺が風呂に入れた。
頭も身体も洗って、拭いてあげて乾かして……。
それだけでも俺は心がほんのりと暖かくなるのを感じていた。
澪くんは俺のそんな行動を当たり前みたいに受け取って、特になにも言わなかった。

澪くんは多分俺よりもずっとずっと年下だと思う。
それは世間的に無知であったり、身体つきからしてそう思った。まだ成人はしていないと思う。澪くんは何も言わないけど、もしかしたら家出をして来たのかもしれない。
けど、俺はなんとなく澪くんには前にも飼い主のようなひとがいたのかもしれないと思った。

澪くんが着ていたコートとセーター、シャツとジーンズに下着……全て捨てて、澪くんの為の新しいものをすぐに揃えた。
良いものを着せたかったから店員さんのオススメを選んで奮発してしまったが、俺はそんなの全然気にならなかった。むしろ澪が気に入ってくれるかが心配だった。

「これ、俺にくれるの?」

どう思っているのかわからなくて言葉につまり、コクリとだけ 頷くと澪くんの口元には笑みが浮かんでいた。

「ありがとう、おにいさん」

「……っ……!!!」

澪くんが微笑むとふわりと周りに花が飛んで、俺は心が蕩けるような思いだった。

「名前はなんて言うの?」

「園田澪だよ、おにいさんは?」

「えっと、俺は道田ヨシ……澪くんって呼んでもいいかな?」

「うん、俺もヨシくんって呼んでいい?」

「うん……!
あの、俺は澪くんより全然年上だと思うんだけど、そんなおじさんと一緒に暮らしてくれるの……?」

「ヨシくんは若いよ。学生でもいけると思うけど」

「それは、言い過ぎだなぁ」

家に連れ帰ってお風呂に入れた後、ご飯を作りながらそう聞いた俺に澪くんは微笑みながら次々と返した。
俺はそんな澪くんを見ているだけで本当は苦手な料理が上手く出来てる気がした。

結局、あんまり出来の良くないチャーハンができてしまったけど澪くんは美味しいよと言って全て食べてくれた。
俺も食べて見たけど、入ってたネギが生っぽくて……やっぱり美味しい、なんていう感じではなかった。
もっと澪くんに美味しいご飯食べさせてあげたい……。
その為にはいっぱい働いて給料を増やさなきゃな。


「なんか最近楽しそうですね」

「えっ、そうですか……ね」

「彼女でもできたんですか?」

「……あ、いや……そんなことは、……」

「あんまりのめり込んでうつつを抜かさないようにしてくださいよ
道田さんがミスしたらこっちが大変なんですから」

「あ、……ハイ……」

いつもなにかにつけて小言を言ってくる後輩の金堂くん。後輩なんだけど業績は凄くいいから、どちらかというと俺が後輩のような扱いだ。それでも仕方ない位に金堂くんは凄い。
いつもはその小言にヘコんでしまうけど、家で澪くんが待っていると思うとそんなの屁でもなかった。
むしろ仕事の出来は上手くいっている様な気がした。

「……………………チッ」


「ただいま」

靴を放るように脱いでリビングへ行けば、澪くんは悠々とした様子でソファに寝っ転がっていた。
あ、先々週のジャンプ……そういえば今週のやつまだ買ってなかったな……。

「お帰り、ヨシくん……今日のご飯なに?」

「あ、今日は生姜焼きに挑戦してみようかなって……失敗したら焼肉のたれ使っちゃうね」

澪くんの服を買い込んだ時に、本やへ行って一緒にレシピの本もいくつか買ってきたんだ。
流石に、毎回外食はお財布にも澪くんの身体にも悪いから……。

「ん、俺ヨシくんが作るものなら何でも良いよ」

「そんな……でも澪くんには美味しいもの食べさせたいから……俺頑張って料理覚えたいんだ」

もし俺がすごく美味しいご飯を作れる様になれば、澪くんは本当の笑顔を見せてくれるのかもしれないし……

「そう? 俺もヨシくんが俺のためにご飯作ってくれるなら嬉しいな」

「……ありがとう、……澪くんに喜んで貰えるように頑張るね」

「うん」

結局、少し下手くそながらも生姜焼きは完成した。
肉は硬くて生姜っていう感じはしなかったけど、チャーハンよりかは食べれたと思う。
それでも澪くんは美味しいよ、と言ってくれた。

「お風呂、一緒に入る?」

「え……」

ご飯を食べたからお風呂かなぁと思っていた矢先に澪くんからそんなお誘い。
けど、澪くんが嫌がらないだろうか……あ、洗ってもらいたいってことか……。

「うん、俺も裸になっても良いかな」

「……お風呂に服で入る人なんていないよ」

にっこり笑った澪くんは本当に笑っているみたいで、俺は心がぽかぽかと太陽みたいに暖かくなった。

「痛くない?」

「……ん、全然」

やっぱり最初も思ったけど、澪くんの肌はとても白い。白くて綺麗だ。
……多分こう言う肌を陶器みたいな肌っていうのかもしれない、本当にその通りだと思った。触ったら、壊れてしまいそうな

「こんにゃくで作ったスポンジなんだって、肌にいいみたいだから買ってみたんだ。」

「……そっか」

「あんまりよくなかった……?ごめん、また新しいの……」

「違う違う。柔らかくて気持ちいいなって思ったんだ。」

「よかった!気に入ったなら良いんだ。」

肌が傷付かないように優しく肌を擦る。

「……俺も洗ってあげるよ。手でやってあげようか?」

「え?大丈夫大丈夫。
俺は結構強めにやるのが好きだからさ」

それにそんな面倒くさいこと澪くんはやらなくて良いしね。

「そっか」

「あ、俺も身体洗って大丈夫……?先に上がるなら拭こうか?」

「ううん。待ってるよ、お湯に浸かってるの好きなんだ。」

「そっか。」

こうやってみると水が凄い似合うな、まるで人魚みたいな……夢みたいだ。

「早く身体洗って一緒に温まろよ、」

「えっ、良いのっ……早く身体洗うねっ」

実家で猫を飼っていたけど、一緒に寝たりだとかはしてくれなかったな。クールだった。
澪くんは猫みたいだと思っていたけど、全然違うみたい。
綺麗だし、優しい、良い子だ。

「……うん。」

その後二人でゆっくり湯に浸かって、俺はのぼせそうになるまで浸かった。
いつもは早風呂なんだけど、澪くんがまだ入っていたそうだったし……

俺は澪くんより少し先に上がって、自分の事をちゃちゃっとしてから澪くんを呼んで身体を拭いた。

ベッドは一つしかないので、澪くんに譲っていたのだが澪くんは俺がソファで寝ていると言ったらびっくりしていて一緒に寝る事になった。
い、良いんだ……なんか少しドキドキする。

「……アラーム煩いかもしれないけど、起きなくて良いようにすぐに止めるからね!」

「大丈夫だよ、俺も一緒に起きてお見送りしたいし。」

「えっそんなの良いよ!いっぱい寝てて!」

「俺がそうしたいんだ、……まあ起きれたらなんだけどね」

「う、うん……起きれたら、ね!」

翌日俺はこっそりと起きるとやっぱり澪くんは寝たままだった。
寝たままでもいいんだ、この天使みたいな寝顔を拝んで会社行くのも凄くいいし……。


「おはようございます。」

「道田くん!!」

「はい、……?」

上司の人が血相を変えて俺を呼びつける。
話を聞くとどうやら俺はとんでもない大失態をしてしまったみたいだった。

「まあ、金堂くんが後任してくれるから先方の人達も良いって言ってくれてるけど……後で謝ってきてね。」

「はい、申し訳ないです……。」

「うん、それは先方の方に言ってきて……」

調子がいいときはミスしやすい、
そう小学生の時の通信簿に書かれていたのを思い出した。

大変な御得意様にミスをしてしまったらしく、上司から自宅謹慎を命じられた。もしかしたらクビなのかもしれない、……どうしよう。

「もうずっと、澪くんと一緒に寝てたいな」

帰りの電車の中ずっとそれだけを思っていた。
ずっとずっと澪くんと一緒に何もしないで過ごしたい。
澪くんには苦痛かもしれないからやらないし、生活もしていけないから仕事をするしかないのだけど……それでも願いは口にせずにはいられなかった。

「おはよう」

「ん……あ、おはよう……」

自宅謹慎2日目、パソコンの前で寝てしまっていた俺を起こしたのは澪くんだった。

初めて澪くんに起こされるなぁと思いながら時計を見るともうお昼を過ぎてしまいそうだった。
何も用意してない!だから起こしてくれたのか……申し訳ない……。

「すぐにお昼ご飯買ってくるね!」

顔をパッと洗って近くのコンビニまで行こうと財布を握る。
澪くんの好物はあれだったよな、あのピリ辛いパスタ……。

「いってらっしゃい」

「あ、行ってきます、……」

初めて見送ってくれたかもしれない……初めてがこんななんて、ちょっと複雑だ……。

ちゃんと澪くんの好物をゲットして戻ると家の前に居たのは。


「こ、金堂くん……」

「道田さん。インターフォン押しても出てこないんで死んでるのかと思いましたよ」

「な、何でこんなところにいるんですか……?」

「何でって、資料受け取りに来たんですよ。
後ついでに励ましに。」

にっこりと笑う金堂くんに俺は心がシュンとして小さくなって行く気がした。
今は出来るだけ有能な人に会いたくなかった、……澪くんは別格だ。天使だもん。

「じゃ、じゃあ待ってて……今、」

「せっかく来たんですから家に上げてくださいよ。別に汚くても構わないんで」

「あ、いや、……そういう訳には……」

「あ、例の彼女ですか?こんな時に。
へー意外とやる事やってるんですね」

そういうと金堂くんは俺の持っていたビニール袋を見て笑った。
澪くんを見られる訳にはいかないし、何より澪くんに惚れられでもしたら……

「違います、けど……」

「大丈夫っすよ。俺すぐ帰りますから」

押し切られるように家へ入れることになってしまった。

「お邪魔しまーす」

「………………」

「あれ?誰もいないですね。
逃げちゃいました?彼女」

「え?」

逃げたって、……え?
そういえばさっきインターフォン鳴らしたのに誰も出なかったって……

「み、みおく……」

俺は背中を押されたように駆け出した。

「え、道田さん……?」

トイレ、キッチン、寝室、ソファ、
決死の思いで浴室を開けると澪くんが立っていた。

「駄目じゃん、折角隠れたのに。」

「……澪くん、……」

俺は澪くんの足元に縋り付いた。
澪くんは逃げたんじゃなくて、俺のために隠れてくれてたんだ。

「え?誰、男……って、道田さんホモだったんですか?」

多分金堂くんは笑ってるのかもしれないけど、そんなのどうでも良かった。
澪くんが逃げてしまうことに比べたら本当にどうでもいい事だった。

「へえ、そっか。道田さんホモだったんだ。
でもこれって、犯罪じゃないですか?」

「……え、っ?」

弾かれるように振り返る。
金堂くんはニヤリと笑った

「多分この子って見た感じ未成年っぽいんですけど、インコーってやつじゃないですか?」

「そ、んな、……そんなわけ……だって澪くんとはそんな事してないし、」

「世間はそうは思わないですよ。」

俺は言葉が出なかった。
澪くんは何も言わずそんな俺の頭を優しく撫でていた。

「……まあでも、その子と別れれば良いわけですから。そしたら俺はなにもいいませんよ」

「え、……そんな、……俺そんなの無理です……」

「ハハハ、何言ってるんですか。無理でもそうするしかないんですよ」

「ごめ、俺そんなに目障りだったら仕事、辞めるから……澪くんのことは」

「目障り?……そうですねぇ……」

「……あのさぁ、おにいさん」

澪くんが頭を撫で続けながら金堂くんに向かってそう言った。
おにいさんって、最初に俺の事を呼んだ時と同じ……。もしかして澪くん、金堂くんの事が気に入っちゃった、の……?

「大丈夫だよ、ヨシくん。」

「……なんだい?君はどう見たって未成年だけど。」

「うん。否定はしないんだけどね。
おにいさん、結構お金持ってるでしょう?」

俺は吃驚して澪くんを見上げた。
そ、そんなこと聞いてどうするんだろう……やっぱり俺との生活気に入らなかったのかな……、

「……だったら」

「俺とヨシくん。飼ってよ
おにいさんヨシくんの事好きでしょ、欲しいでしょ?
でもねヨシくんは俺が居ないと生きてけないからさ」

「………………」

「な、何言ってるの、澪くん……っ
俺、もっと稼いでくるから、澪くんに不自由させないようにするからっ」

俺はより一層澪くんの足に抱きつく力を込めた。

「うん、うん。」

「……ガキの癖に随分と肝が据わってるな」

「ううん。ガキだからこそじゃない?
俺は捨てるものないし、拾われるだけだからね」

「……こ、金堂くん、許してよ……俺が嫌いなら……な、何でもするから……」

自分でも何がしたくて何が言いたいのかわからない。
ただ、澪くんだけは絶対に失いたくないと思った。

「…………まあ良い。
元々一人囲う予定だったんだ、二人も変わらない。」

「うん、だよね。
良かったね、ヨシくん。一緒に居られるよ」

「え、……」

澪くんは馬鹿みたいに見上げている俺に視線を合わせるように屈んだ。

「スウェット濡れちゃったから着替えよっか」

そう言って俺と同じように、澪くんも濡れた床に膝をついた。

「……ぁ、」

腰からするりと柔らかい手が入ってくる。
俺の身体がびくりと反応したのを見てか、目線を合わせていた澪くんはくすりと笑った。

「や、……あ、みおくん……っ」

パンツの中にまで手が入っていって、あの白くて柔らかい手でお尻をキュッと掴まれた。

「……っ、もういい!止めろ!
……早く着替えて来い」

そう怒鳴るように言い放つと、金堂くんはサッと背中を向けて浴室から出て行ってしまった。

「……うぅ……」

「大丈夫だよ、ヨシくん。
どんな事になっても俺と一緒に居られるんだから、……俺だけはずっとヨシくんの側にいるよ。」

「……うん、……澪くん、」

「可哀想なヨシくん、俺がずっと守ってあげるからね。」

「…………」

ぎゅう、と頭ごと抱き締められると澪くんの甘い香りが、猛毒みたいに素早く頭の中に広がる気がした。




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