アイランド・ブルー





ここは日本。
日本だけど、日本ではないような…そんな小さな島に俺は暮らしている。

ここの島にはスーパーとコンビニは数えられるくらいしか無くて、船は一日に二回だけ通る。
そんな都会からは遮断された小さな島だ。東京人は名前すら知らないだろう、そんな島。

「キヨ」

空を見上げて歩いていると、風鈴の音みたいに綺麗な声が俺を呼んだ。

「セイタ」

振り向くとセイタは柔らかそうな茶髪をそよ風に揺らして俺を見ていた。

「おはよう。」

そう言って俺の隣に並んできて、どちらとも無くふたり一緒に歩き出した。

「今日は課題無かったよな?」

そう言ってセイタを伺い見ればセイタはうん、と小さく頷いた。

クラスは三つしかなくて、学年の在籍人数は100人にも満たなくて、全学年合わせても300には達しない。
そんな学校に、土地に、俺たちは住んでいるんだ。
きっとそれは、これからも続く

「東京から越して来ました。安西愛翔って言います…えっと、好きに呼んでください。」

と思っていた矢先、この学校に転入生がやって来た。
そう言ってキラキラした白い歯を見せて笑ったのは、東京から来たと言う…俺から見たらなんだか宇宙人みたいな存在だ。

「う、わあ!凄い!東京だって!」

ひとりの女の子がそう騒いだのを皮切りに「凄い凄い」という声が相次いだ。
俺は内心びっくりし過ぎてか、そういった声は出なかった。

「デズニーランド行き放題じゃね?!」

俺たちからしたら雑誌やテレビなんかで何回も見るデズニーランドは本当の本当に夢の島だ。行ったことあるという人を俺はまだひとりも見たことがない。

「確かに、…けど俺はそんな行ったことないよ。」

素直にいい奴そうだなあ、と思った。
ただそれだけだった、んだけど。

「清、おは」

にへら、と笑顔で手をヒラヒラ振る愛翔はなぜか俺と…俺たちと行動を共にするようになっていた。

「お、はよ。」

「おはよう」

俺が挨拶を返してから、セイタが挨拶をし返す。
なんだか俺、この二人の間にいると自分が惨めに見えてくるな…

「どうした?清」

「あ、いや…今日も東京の人は輝いているなって。」

「え?いや、俺もう東京住んでないし!
な、誠太?」

「うん、だね。もうここに馴染んで来てるし。」

「だろ?」

そう言って二人して笑い合う姿はなんていうか、…この島をバカにしてるわけじゃないけど、この島ではあんまり見ないような爽やかな光景で…やっぱり俺とはなんか違うかなって、思った。

「…。」

これは、違う。嫉妬とかそう言うのではなくて…なんていうか、セイタが俺といるよりも…。
や、これも嫉妬っていうのか。

ずっとセイタと二人でいたから、あんまり他の人がはいってくるっていう感覚に慣れてないのかも知れない。…セイタは人付き合い上手いからなあ

「なあ、清っ」

「…ん、え?なに?」

「今度ここ、連れて行ってくれないか?」

そう言って携帯の画面を出してきた愛翔に俺はそれを覗き込む。
そこにはつい最近できたというこの島に珍しいショッピングモールなるもの。…そう言えば行ったことないな…。

「俺も、行ったことないけど…場所ならわかるよ。」

「本当か!じゃあ、一緒に行こう!」

「…セイタは、…ひとごみ苦手だからな…。」

「え、そうなのか。じゃあ今回は二人だけでいっか!」

「…うん」

今度は三人で遊ぼうなっ!
そう言って笑う愛翔に俺も笑い返した。
…別に、ちょっと嫌な顔をするだけで、大嫌いとは言ってなかったけど、でも嘘はついてないからいい…よな?

愛翔とふたりで行ったショッピングモールは結構楽しくて、なんていうか、ちょっと意外だったっていうか…こんなに楽しいとは思ってなかった。
セイタには少し悪いけど、友達っていうのはこんなのかって、思ってしまった。
セイタも友達なんだけどな…。

「おはよう。」

そう言って振り向くとセイタ。
朝はいつにも増して爽やかになるセイタは少し眩しくて、なんとなく申し訳なかった。

「うん、おはよ」

それからもずっと三人でいた。
最初の居心地の悪さはいつのまにか解消されていて、むしろ三人がぴったりだと思った。
たまに体育の時に困るだけで、でも俺も他にも友達がいるからそこまでではなかったし、このまま順調に卒業してくのかなって、そう思ってた。




「っ、ごめん…」

俺はというとびっくりしすぎて声は出なかった。
なんだか愛翔が転入してきた日に似てる心境で、

「好きなんだ…よ、…ごめん、」

愛翔が家に遊びに来ないか、と誘って来て…でもセイタは家の用事で来れないってなったんだ。だから、俺一人で愛翔の家に遊びに来た。
そしたら愛翔の両親はいつも通り不在で、それで愛翔の部屋でゲームをしてたんだ。

「清…、っ」

ゲームの途中ふとした瞬間に視線が絡み合って、俺は少し恥ずかしくなって逸らしたんだ。
そしたらいきなり強い力が俺を掴んで、それでそのまま床にダイブして、…さらけ出されたおでこにやんわりしたものが触れてきて、愛翔はつらそうに俺の名前を呼んだ。
それから何回も謝ってきて、また俺の名前を叫ぶように呼んだんだ。

「…愛翔、…」

俺は呆けたようにしか愛翔に答えられなくて、キスされたおでこをさすっただけだった。

「清…。こんなこと、言うつもりなかったんだけど…ごめん、」

「…」

なんでかわからないけど、愛翔の言った『こんなこと』に少しムカッとした。
なんだか俺の存在が軽んじられたっていうか、俺を好きなことが恥ずかしいっていうか…とにかく、そこに俺は少し怒ったんだ。

「なんで、そんな逃げ腰なんだよ。」

俺にしては、多分少し強い言い方だったと思う。
だから、愛翔も驚いていたようで、少し目を見開いていた。

「…そんな、謝らなくてもいいっていうか…」

人に向けられる好意は慣れてなくて、なんとなく嬉しかった。心がほっこりしたっていうか、とりあえず嫌ではなかった。

「いやじゃない、っていうか、…」

そうぽつりとつぶやけば愛翔はすぐに飛びついて来て、俺の身体を苦しいほど締め付けた。

結局その日はゲームなんてろくにできなくて、ふたりで暑苦しくくっつきながらダラダラ(っていうかイチャイチャ?)して過ごした。

「セイタにはなんて言おう」

家に帰って来てからそればかりを考えた。
セイタは多分友達っていうより家族っていう感じなんだと、そう最近思うようになった。愛翔は、友達だと思ってた…けど、今日で少しわからなくなった。だからまだ愛翔の質問には答えてない。

「言わない…っていうことも、ありだけど。」

それはなんだか、セイタに申し訳ないって…なんでかそう思ってしまうんだ。
でも言って何になる?俺はこの関係を壊したくないのに、

「セイタならこんなときどうするんだろう…」

セイタはセイタで、俺は俺なのに、なんでこういう考えが浮かぶのか分からない。
…とりあえず今日はもう寝よう。寝て、起きたらまた考えよう。

そんなことを思って眠る日が何日か続いた。


「え?東京に帰る?」

「って言ってもあっちにいるのは一週間くらいなんだけど、…」

「戻ってくるのも行くのも大変そうだな。」

良いな、とは思うがそれよりも面倒だという考えの方が勝つと思った俺に、愛翔はお土産買ってくるよ、と言って笑った。

「セイタと二人きりか…」

「え?」

「え?」

二人が合わせたように声を上げた。

「今まで三人でいたから、なんかやけに懐かしいなと思ってさ。」

そんな遠い昔のことでもないのに、懐かしんだよな。なんか。

「あ、そうか…元々誠太と清は幼馴染だもんな…。」

ちらり、と盗み見るように愛翔がセイタを見た。
セイタはそうだね、と笑った。

「俺たちも楽しむか」

「うん、だね。」

「な、なんか俺だけ仲間はずれにされてねえか?!」

そう言ってなんだか困った顔をする愛翔。

「行くか迷ってきた…。」

「行って来いよ。
お土産、買ってきてくれるんだろ?楽しんで来いよ」

「そうだね。東京の友達に久々に会えるって、嬉しそうに言ってたしね。」

「うううー…帰ってきたらいっぱい遊ぼうな…」

そう言って抱き着いてきた愛翔に何故かドキリと胸が鳴った。
それは愛翔に対してか、セイタに対してか、よくわからなかった。

愛翔はその二日後に両親たちと船に乗っていった。


「…本当に、久々だな。こんな帰り道とか、いつぶりだ?」

そういってセイタに笑いかけるとうなずいてからセイタもふわりと笑った。

「愛翔、帰ってくるときに連絡するって言ってたけど、東京の人ってそんなに無計画…ってか破天荒?なのか…?」

「うーん、でも愛翔のお母さんたちはなんだかすごそうな人たちだったよね。
思い立ったら即行動、みたいな。」

「あ、たしかにそうかも!
俺んちの親は口ばっかだからなー…見習ってほしいわ…。」

いっつも旅行行きたい、とか言いつつ懸賞とか応募するだけだしな…。
そんなことを考えているとセイタが「でも、」といつもより少し大きな声で言った。

「口にするだけでも違うんじゃないかな。」

「…んー…そうかぁ?」

「うん、そうだよ。」

セイタはあまり悪口とか言わないから、たまに俺は嫌な奴だな、って認識させられる。
俺はそんなにネガティブじゃないけど、愚痴だっていうし嫌いな奴もいる。
けど、セイタに言わせればただ自分が合わせられないだけ、とか言って…なんていうか本心で言ってるってのがわかるから余計自分って嫌な奴だ…と再確認させられるんだ。
俺も前向きに、プラスのことだけ言っていたいなあ。

「キヨ、明日うちに来ない?」

「え?明日?いいよ。」

明日…は金曜日だよな、それなら土曜日もぐだぐだしてられるな…。
花金ってこういうとこだよなー…。

「本当?明日ね、俺の親が出かけちゃうんだ。
二、三日帰ってこないらしくてさ。」

「なに、セイタの親もどっかいくの?」

「うん、船に乗っていくらしい。」

「はー…そうなのか。」

船に乗るっていうのは、ここのひとたちにとっては都会に行くことと同じことだ。
たまに、船に乗って島外の高校、大学とか行く人もいるけど、大半は都会へ向かう人たちだから、結構大ごと。

「じゃあ、寂しくならないように、俺がいてやるよ。」

「…うん、ありがとうキヨ。」

「はは、真面目だなぁ。」

セイタは俺の冗談交じりの言葉にも、真摯に受け止めて返事をくれる。
そういう所はセイタの良いところだし、好きなところだけど、人の倍くらい頭を使ってそうだなぁとも思ったり…。

「真面目は、イヤ?」

「えっ、やー真面目はモテるぞ!」

「…うん、そっか。そうだね。」

セイタはふわりと笑って、照れ臭そうに首筋を掻いた。
まあ、セイタはそのままでもモテるだろうけど…。



「お邪魔しまーす…」

「どうぞ。」

セイタの家はいつも良い匂いがする。
柔軟剤みたいな、甘いけど、クドくない匂い…。
セイタのお母さんがいる時は大体美味しい匂いだけど。

「うーん。いつ来ても落ち着くなぁ、セイタの家は…」

俺の家だと母さんがいっつもガミガミ言ってくるしから居心地悪いんだよなぁ…。

「ふふ、ありがとう。
お茶とジュース、どっちが良い?」

「ジュース!」

「うん。」

多分、りんごジュースだと思う。事前に俺が来るって知っていると、いつも用意してある。
俺は小さい頃からりんごジュースが好きで、セイタもつられてりんごジュースが好きになったくらいだし…俺は今でも変わらない。でもセイタはコーヒーだとか…大人みたいな飲み物も飲むようになったけど。

だらだらとテレビを見て、それから二人でラーメンを作って食べた。塩味。
それからまたダラダラして、何もしないまま俺はソファで寝落ちしてしまった。

「…起きて、キヨ…」

「んん…」

「これどうしたの」

「くすぐったい…やめろ〜」

サワサワと腹に触れる暖かい感触に俺は身を捩ったが、離れてくれない。

「起きて、キヨ」

「うぅ……せーた…」

伸びをしながら目を開けると、セイタが微笑みながら俺の腹をなでていた。

「…何してんだよー…あ、寝てたのか俺…」

「これ、どうしたの?」

「んー、どれ…」

どうせ傷か何かだろうと肘をついて上半身を上げた。

「?なにこれ?」

セイタが触っていた腹の脇を見るために身体を捩るとなんだか赤い斑点模様がちらほら。

「むし?」

「痛いの?」

「んーや、そんな事は……」

そこまで言ってそう言えば、と思い出した愛翔の事。
愛翔が東京へ行く前日に会ってくれと言うので家へ遊びに行ったんだ。
そしたらまた…そういう雰囲気になって…脇腹ら辺に吸い付いていた…気が。

そこまでを思い出してカカカッと顔が熱くなった気がして、思わず顔を覆った。

「き、よ…?」

「あ、えっと…」

これって、もしかして話をするタイミングじゃないのか?
で、でもなんて言ったらいいんだ…?
愛翔とイチャイチャしてましたって?付き合ってもない…よな…?

「これは、その…」

「キヨ」

「あ、虫に刺されたんだ…多分…
昨日、腹出して寝てて…」

「キヨ、俺の顔を見て」

「………」

俺はゆっくり顔を上げて、俺を見下した様に目の前に立っているセイタを見上げた。

「セイタ…?」

見上げたセイタの顔はなんだか見た事がない表情だった。
泣きそうな、でも怒ってるみたいな…不思議な表情。プラスな感情ではない事はわかった。

「愛翔と、…だよね?」

「あ、え…な、なにが?」

「愛翔、なんだね。」

確認よりも確信したようにそう言うセイタに、俺はとうとうなにも言葉が出なかった。

「いつから、…」

声が震えていた、セイタの声が。
気持ちわるいって思ってるのかな、…引かれた?
親とかに…言われるのかな、

「せ、セイタがお葬式に行ってて…2人で遊んだ時、に…。」

「そんな…、そんな前から…」

ふらりと体がよろめいたように、もう一つのソファにセイタが腰かけた。

「ごめん、…何回も何回も、言う時の事考えたんだけど…分からなくて…」

「…なに、付き合ってるの?…」

声のトーンがいつもとは全然違う、
それに何より早口だ。

「付き合ってるわけでは、ないと、思うけど…」

「付き合ってないのに、キヨは身体を許すの?」

「そんな、許すとか…」

「……何処までしたの?」

大きな溜息をついた後に絞り出したような声。
こんな雰囲気になるとは思っていなかった俺に、その溜息は重りのように俺の背中に乗っかった。

「ど、何処までって…」

「キスはした?…よね。
セックスは?」

「そ、そんなの…やれないだろ…、」

「………。」

セイタはそれきり黙ってしまった。
俺はその無言でますます緊張して、汗もブワッと噴き出したみたいだった。

「せ、セイタ…。」

「……」

「ごめん…、もうしない…。」

「愛翔と俺、どっちがキヨにとって大事?」

「どっちも大事だよ、…セイタ。」

セイタはちらりと俺を見た、
またどっと汗が出た。

「俺はね、キヨ。
キヨ以外の人はみんな平等に大切だ、大事。」

「…うん、」

「キヨはその中にはいない。」

「………」

それって、俺はどうでもいいって事…?

「キヨが、1番。
誰と比べるわけじゃない、比べられないくらいだ」

「……セイタ、」

「キヨはそうやって、みんなをごちゃまぜにして考えるけど…誰が一番とかじゃなく、みんなが良いと言う方に行くでしょう」

「……」

「だからきっと、愛翔とのことは俺がやめろと言ったって見えない所で続く。
断り切れないから、避けることも出来ない」

「そんな、ことは…」

「ねえ、キヨ
愛翔はキヨのそういう所に付け込んでるだけなんだよ…愛翔は良い人だけど、賢くて、よく人の顔を見てる」

「セイタ」

セイタがゆっくり立ち上がって此方に向かって歩み出す。
俺はそれがなぜか怖かった

「愛翔は気付いてた
俺が、キヨのことを大事に、大切に、そういう風に扱ってたのに…それを分かっていて壊した。それは許されない事だよ。」

「セイタ…お前、怖いよ…」

「怖い?俺は、愛翔の方が怖いと思うけどね。
愛翔に、俺とセックスしたって言ってみなよ。
愛翔の本性が見れるんじゃない?」

「……」

「お風呂入って来な。
お湯が冷めるから」

くるりと踵を返したセイタはそのまま台所に向かい、そのまま振り返らなかった。

お風呂から上がってリビングに向かうとセイタは元どおり、いつものセイタに戻っていた。
あれは夢だったのかと思った程だったけど、セイタがお風呂から戻ってきた時に言われた言葉で夢ではないと悟った。

「あまり考えすぎないで、俺はキヨを責めるつもりは無いよ。」

それだけで、俺の心臓はマイナス10度は冷たくなったような気さえした。

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