僕は櫂が好きだ。

恋人であるのだからそれは当たり前のことのように思えるかもしれないけど、僕の好きはもっと特別なもので、もしかしたら櫂さえも理解できていないかもしれない。

言葉では表しきれないような、深くて複雑で重い、好き。

例えば、櫂が僕以外の人と話すと僕はその相手を一瞬で嫌いになる。

櫂の声は僕だけが聞いていいのだから。

そういえば以前、櫂の携帯をこっそり見たときに僕の知らないやつからの着信履歴があった。

僕はそいつを探し出して櫂に近付かないように注意した。

二つ返事をされただけだったけど、それでもいい、僕がそいつを注意したことに意味があるのだ。

櫂が好きだよ、こんなにも細かいところまで気にかけているよ。

そういう自己満足のようなものだった。

普段からそうやっていないと落ち着かない。

少しでも櫂に尽くしていないと思えることがあれば、それをキッカケに櫂が僕から去ってしまったとしても文句は言えないからだ。

だから僕は常に櫂に対しては完璧で、何事にも櫂を勝っているのが、理想……。


「いっ……!」

「気を付けろ!」


そう、理想なのだ。

櫂は慣れた手付きで、玉ねぎごと刻んでしまった僕の人差し指を洗い流し絆創膏を貼り付けた。


「嫌いになりました?」

「馬鹿か」

「なったんですね……」

「なるわけないだろう」


僕はどう頑張っても料理で櫂に勝てない。

勝てないからと言って諦めることは櫂を諦めるも同然であるため、僕は毎日のように料理を手伝っている。

櫂には足手まといだと思われてるかもしれないけど、料理を諦めているように勘違いされるよりはマシだ。

僕は刻みかけの玉ねぎに再び手を伸ばした。


「後は俺がやる」


櫂の真っ白な手がそれを奪った。


「僕が刻んだ玉ねぎなんて食べられないということですか?」

「どうしてそうなるんだ……」

「否定しないんですね。僕が玉ねぎさえマトモに刻めないことに幻滅したんだ」

「はぁ……」

「そうやってため息ついて……。櫂、やっぱり僕のことを」

「好きだ」


強めの口調で言われ、怯んでしまう。

規則的な音が聞こえ始めた。

僕がやるよりも何倍も速く玉ねぎは細かくなり、あっという間に次の作業へと移ってしまう。

黙々と作業を進める櫂を見詰めながら、僕は櫂のことばに引っ掛かる部分はないか考えた。

「好きだ」という一言。

僕はこれに隠れる意味に気づいてしまう。

僕を黙らせるために取り敢えず言った「好き」だとしたら、その場をやり過ごす一種の方法にすぎず本当の櫂の気持ちは「うざったい」だとか「うるさい」といったものかもしれない。

と、いうことは、やっぱり僕は櫂に嫌われている……。

一度こんな考えが浮かんでしまったら確認せずにはいられないのが僕だ。


「櫂っ」

「なんだ」

「こっちを向いてください!僕の顔を見るのも嫌なくらいに嫌われてるんですか!?」


櫂は玉ねぎを炒める手はそのままに瞳だけを一瞬こちらに動かした。


「火を使ってるんだ」

「そ、そうですね……。そうなんですが……」


落ち着かない。

小さな子供のように地団駄を踏んでぐずりたい気持ちでいっぱいだった。

大声で泣き叫びたいような、自分でもよくわからない感覚。


「櫂は、僕のことを本当にすきなんですか?別に合わせなくたっていいんですよ。僕が嫌いならそう言ってくれても、わ、別れてもいいん、ですよ……」


言って胸が痛くなる。

本当に泣き出してしまいそうだった。

櫂は火を止め僕の方に向き直った。

玉ねぎの焼ける音が小さくなっていく。

櫂の手が僕の頬へ伸び、叩かれる気がして僕は身体を強張らせた。

予想に反しその手は頬を優しくなで、僕の額には柔らかい唇が押し当てられた。


「え……」


情けない声が出てしまう。


「不安なんだな」


髪を撫でられた。


「不安……?」

「不安で不安で仕方がないように見える」

「…………」


胸の奥がすっ、とした。

ツっかえていたものが取れたように、先程までの苦しさが無くなった。

僕はまた櫂のことばを反芻しはじめた。

だけど、なにも浮かんでこなかった。

僕を見つめる翡翠はどこまでも澄んでいて濁りのひとつもなかったからだ。


「ごめんなさい……」


僕は一瞬、料理くらいできなくてもいいかな、と思った。



---君のひとことに救われる---


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2万ヒットリク文で、執着レン様です。
執着というか、櫂くんがすきすぎて……というかんじになってしまいました/(^o^)\
何ヵ月もお待たせして本当にすみません。
読んでいただければ幸いです。
ヒコ様、リクエストありがとうございました!
2012.05.21

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