「ここまでです、櫂……。ファントム・ブラスター・オーバーロード、ジ・エンドに止めの一撃を……!」


ファントム・ブラスター・オーバーロードが唸りをあげ、闇の刃が降り注ぐ。

レンは愉しそうに目を細めた。


「これでダメージは3。櫂、キミが生き残るのにはヒールトリガーを2枚引くしかない」


櫂はそんな窮地に立たされても望みが有る限り諦めなかった。

諦めるはずがなかった。

もう逃げない。


「引いて見せる」


それはどんなことがあろうとも決して揺るぐことのない誓いだった。


「チェック……」


1枚目。

トリガーは、ない。


「まだだ……セカンドチェック、……ゲット、ヒールトリガー……!!」


ゲンジョウの眩い光がジ・エンドを包む。


「ジ・エンドにパワープラス5000、ダメージを1枚回復……」


レンは動揺しなかった。

今ファイトしているのがレンでなかったら、櫂の驚異的な引きにたじろぎ、迫りくる次のターンに絶望の色を宿すだろう。

櫂トシキの引きはその瞳の決意を灯した輝きの如く強かった。

だから、それと対等もしくはそれ以上の強さを秘めた雀ヶ森レンでなければこの瞬間に自分を保つことなんて出来ないのだ。


「チェックも残り一回……」


レンは櫂の触れるカードを見た。


「この日のため、俺はお前を倒す強さを求め続けてきた」


櫂の指先に力が籠る。

ジ・エンドが静かに喉を鳴らした。


「引く、引いて見せる……。そしてレン、お前を……!」



サードチェック……!




◆◆◆Drag On◆◆◆



柔らかな夕陽だけが真っ白な寝具を照らし、わずかな隙間から入り込んだ穏やかな風がカーテンを揺らす。

相当静かでなければ聞こえないほどの小さな布擦れの音がするそれを、レンはなんの感情もなく眺めていた。

不規則になびく布の動きを追う。

そんな空間に別の空気が入り込む。


「レン……」


レンは声のする方に首を動かすと、グラスに注いだワインのように瞳を揺らめかせた。


「かいじゃないですか。」


華奢なレンには大きめのシルクのパジャマがオレンジ色に反射する。

状態を起こしたままの体制は変えず、レンは手の甲にかかる袖を手首まで捲りあげ櫂の立つ方へその手を伸ばした。

櫂はベッドのすぐ傍に置きっぱなしになっている椅子に座り、レンの手を自分の頬に触れさせた。

乾燥した暖かみのないレンの指先は、櫂の頬を確かめるように撫でた。



「またでっきをくみなおしたんです。それから、あたらしいうたをおぼえました」

「……そうか」

「かい、かなしいかおしてます」


レンの猛攻を奇跡的とも言えるヒールトリガーの2枚引きによって回避し、次のターンで櫂は勝利を納めた。

漸く昔のレンを取り戻すことが出来るのだと櫂は心底喜び、またテツの固い表情も幾分か和らいだ瞬間だった。

ふらふらと倒れそうになるレンを櫂は支え、テツと共に身体を休められる部屋へと運んだ。

そこでレンの意識は途絶え、病院に搬送されたのである。

レンの意識が戻ったのは日付が変わった頃で、櫂がそれを知ったのは明け方にテツから連絡が来たときだった。

櫂が駆けつけたときには、レンはテツが買ってきたのであろうケーキを指先でつつきながら頬張っており、新品のパジャマがすでに生クリームで汚れていた。

櫂を見るなり「かいもたべますか?」とどこかに飛んでいきそうな懐かしいあのふわふわした調子で話しかけ、髪を揺らしたのである。

しかしその瞳には光が無く、むしろ倒れる前のほうが健康的だったといえるほどに濁っていた。

レンを病室に残し、テツと共に薬臭い廊下へ出た櫂は衝撃的な事実を聞かされた。

そのときの衝撃といったら思い出すだけで顔がひきつり心臓が痛くなる。

ただでさえ冷たい空気が漂っている場所だというのに、櫂の背中にはたちの悪い寒気が駆け巡った。




「具合はどうだ?欲しいものはあるか?」


両手でレンの手を包み込み櫂は問う。

瞳の色とは真逆に、ふんわりと微笑むレンの表情は幼く、櫂には出会った頃のレンが重なって見えていた。

櫂よりも若干、それこそきちんと測らないとわからない程度であるが、背の高いレンが自分より何倍も何倍も小さく見えた。


「うーん、きゅうにいわれてもおもいつかないです。それよりかい、しゅくだいはおわったんですか?あ、ぼくもまだおわってませんでした……」

「レン……」


レンの時は巻き戻ってしまった。

PSYクオリアとは無縁だったあの日まで。

いや、レンからすれば動き出したと言う方が適切かもしれない。

PSYクオリアによりどこかに追いやられてしまった本来のレンが漸く長い迷宮を抜け出したのだから。

4年と言う長い時間をかけてあの時のレンがもう一度自分の道を歩み始めたのだ。

しかしレンにはPSYクオリアの後遺症が残ってしまった。

あまりにも身体に馴染みすぎたせいか、うまく引き剥がすことができなかったのだ。

PSYクオリアに侵食された4年間は空白となりレンに残ることとなった。



櫂はレンを引き寄せ、だらりと凭れかかる人形のような細い身体を抱き締めた。

PSYクオリアを越えれば救うことができるのだと勝手に思い込んでいた浅はかな自分を見られないようにするために。


「せいしゅんの、いそぎさりゆくひびの、はかなさが、いますろーにうつる」


抑揚のない声でレンは櫂の知らない歌を静かに歌った。

櫂の胸がチクリと痛む。

また逃げたくなってしまう自分を今はただ隠すことしかできなかった。


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間違ってかいたやつ/(^o^)\
2012.03.03

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