◆◆櫂くんがあげる側っ!◆◆


俺は悩んでいた。レンと恋人同士になって初めてのバレンタインデー。

今までのこの日といえば、チョコを適当に受け取って三和に流すというもので、三和にとって俺はチョコ生産機というかチョコレートホイホイ(笑)だったのだと思う。

しかし今年は違う。

誰からも受け取らなければ三和にも流さない。

なぜなら俺はチョコレートをあげるポジションとなったからだ!


(と、いってもな……)


女々しいと思いながらもレンを想いながら作ったチョコレートが並ぶ箱を見る。

見た目にも味にも自信はある。

シンプルな生チョコだが、レンの好みを知り尽くした俺がオリジナルでブレンドした本格的なチョコレートだ。

味はもちろん香りにも拘り、レンが好きな紅茶と合うようにもなっている。

だが、これをどのように渡せば良いか全くわからない。

せめてレンから「チョコレートがほしい」の一言が聞ければキッカケとなるのだが……。

小振りの紙袋に箱を仕舞うと長く息を吐いた。


「いつまでそうしているつもりだ」


突然の低音に大袈裟なくらいに肩が跳ねてしまう。

振り向けば幾分か呆れを滲ませた表情のテツが俺を見下ろしていた。


「……い、今行くところだ」

「30分前も同じことを言っていたと記憶しているが」

「………………」


このドアの向こうにレンがいることはわかっている。

わかっているからこそ踏み出せないのだ。

バレンタインを意識するなんておかしいのではないかとか、すでに部屋中がチョコで埋め尽くされていたらどうしようとか、そもそも受け取ってくれなかったら……と次々に心配事が浮上して、それらひとつひとつがドアを重くさせる。

苦しくなる一方の胸を和らげようと心臓の辺りをきゅっと掴んだ。


「はあっ……」


鼓動がうるさくて何を考えていいのかわからない。


「行ってこい」


ぽんぽん、と優しく大きな手が俺の背中を叩く。


「テツ……」


一度目を瞑ってゆっくり瞼を持ち上げる。

大きく深呼吸をすると俺は一歩踏み出した。


「よし」


激しい鼓動と一緒にドアをくぐる。

薄暗く冷たい空気の流れる部屋。

紙袋を握る手が震えるのは温度のせいにした。

どっしりと構えられた高級な革椅子が静かに揺れる。


「……誰です?」


ひょっこりと顔を覗かせた俺の恋人は頬に掛かる紅い髪を払うと目を輝かせて立ち上がった。


「櫂じゃないですか!!突然どうしたんです?連絡してくれればケーキを用意したんですよ?」


ぴょんぴょんと効果音がつきそうな勢いで俺の首に腕を回し抱きついてくる。

首元に顔を埋め鼻先を押し付けられると髪が肌に当たってくすぐったい。

俺は咄嗟に紙袋を背に隠した。


「あれ?何か体温高くありませんか?……櫂?」


不思議そうに顔を覗き込んでくるレン。

俺の頬に触れるレンの指先は少しだけ冷たかった。


「どうしたんです、櫂?」


いよいよ俺の様子がいつもと違うことに気づいたレンは眉を下げてしっとりと問いかけてきた。


「なんでも、ない……」


背に回した紙袋をきゅ、と握り締める。

レンは俺の肩に顎を乗せると「そうですか」と呟き、軽くキスしてからゆっくりと身体を離した。


「ところで」

「何だ」


人差し指を自分の唇にあてて微笑むレンは首を傾げて俺を上目使いで見た。

改めて瞳を見ると、濃紅が艶かしく思えた。

見たものすべてを虜にしてしまいそうな深い色だと思った。

そんなことを考え、また胸が高鳴ってしまう。


「今日が何の日か知ってますか?」


ドキリ。

高鳴りなんて純粋なものではない鼓動が大きく脈を打ち、それを合図に不整脈が生じる。

レンの瞳にすべてを見透かされそうで、俺は視線を逸らした。


「き、今日か?えっと、……テ、テツの誕生日の前日だな」


咳払いをしてからそっとレンに視線を戻す。

レンの頬は明らかに膨れていた。

はっ……。


(もしかして、レンなりのフォローだったのか……?)


気付いたところで今更「バレンタインです」なんていえるはずもなく、俺は潤む瞳をどうすることもできなかった。

きっと真っ赤なんだろうな、俺……。

恥ずかしい。

レンは小さく鼻から息を漏らすとコートのポケットから携帯を取り出し耳に宛てた。


「あ、テツ?紅茶をお願い。櫂の分もね。砂糖はいらないよ。」


ピ。もう一度首を傾げたレンは、眉を下げ小さい子をあやすような優しい口調で俺に話しかけた。


「そろそろおやつ時だと思いまして」

「そう、だな……」

「あっ、肝心のお菓子を頼むのを忘れてしまいました」

「残念…だったな……」

「はー、甘いものが食べたいです。特に」


ずい、と触れそうなくらいに顔を近づけ唇に弧を描くレン。


「特に、チョコレートがね」


素敵だと思った。

突っ張ってばかりいる俺よりも何倍も大人で男らしい。

格好いい恋人だと思った。

まるで魔法にでもかかったかのように胸のつかえが取れ、呼吸が楽になる。

俺はレンの胸に、隠していた紙袋を押し付けた。


「こっ、これっ……あ、その……チョコレー、ト、だっ!」


頬が熱い。

本当に熱が出てしまったのではないかという錯覚さえする。

レンは俺の手ごと紙袋を受け取った。

安心する、レンの体温……。


「ありがとうございます」


優しい声。

ぷつりと緊張が途切れ、涙が零れてしまいそうになるのを必死で堪える。

俺は次々に溢れる喜びや感動に浸っていた。


「レン様、紅茶をお持ちしました」


気配にまったく気づくことができなかった俺は慌ててレンに紙袋を握らせ手を引っ込めた。


「グッドタイミング。たった今、バレンタインチョコを貰ったところでね」

「バッ……!?そんなこと言ってな……!」

「違うんですか?」

「…………っ」


テツはテーブルに紅茶を並べるとレンに一礼し、俺を見た。

レンからテツの顔を見るのは難しい角度にある。

すれ違う一瞬、テツは嫌みなく微笑んでいた。


「さあ、おやつにしましょう」

「ああ……」


俺がこんなに自然に微笑んでしまうのは、安心からなのか感謝からなのか。

これがハッピーバレンタインってやつなんだな。

まったく、なかなか楽しいじゃないか。


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櫂くんが照れたりなかなか渡せなかったり。
乙女櫂くんモエスイエス!!!!
たくさんのコメントありがとうございました!
2012.02.19

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