「ど、したんだよ…これ……。」


殺風景な背景のみのオーバーロード。

風格あるあの姿は魔法のように綺麗サッパリ消し去られている。

俺は驚き半分、安心半分だった。

そんなことを言ったら櫂に殴られそうだが、さっきまでの俺のぐるぐると廻る思考は杞憂に終わったようだ。

しかし櫂が落ち込んでいることには変わりない。

今はこの問題に向き合わなくては。

櫂が悲しんでるのは嫌だ!


「今朝、起きたら、っ……オーバーロードがぁッ、いな、くなってたんだ……!」


嗚咽混じりに櫂が言う。

俺は櫂のとなりに行き、背中をさすってやった。

相当ショックなんだな……。

櫂がこんな風に泣くなんて思ってなかったし始めてのことだったが、なんの躊躇いもなく受け入れることができた。

俺にしか見せてない櫂なんだって思うと動揺の何十倍も優越感が勝っている。

それよりも気になるのはいなくなったオーバーロードだ。

PSYクオリアなんてものがあるのだから不思議ではないことなのかもしれないが、カードのユニットが勝手に姿を消すなんてあまりに非現実的だ。

なにかトリックがあるのでは、とも考えたが櫂を疑うことになるのでこの状況を素直に受け止めることにした。


「なにか心当たりはあんのか?」


櫂は首を左右に振った。

俺は寂しくなってしまったオーバーロードのカードを机に置き、残りのカードをケースにしまった。


「んー……。どこいっちゃったんだろうなぁ、オーバーロード……。戻ってきてほしいんだよな?」

「そう、だ……。」


泣き止み始めた櫂の口調は少しだけしっかりしていた。

どうしたら戻ってくるのだろう。

いや、それよりも何故いなくなってしまったのかを考えたほうがいいかもしれない。

原因がわかれば解決策も自然とみえてくるのでは。


(オーバーロードがいなくなった原因かあ……。)


俺が直感的に考えた原因は2つだ。

1つは、ドラゴン・エンパイアに何か用事があって帰らなくてはならなかったってこと。

もう1つは、ただ櫂から離れたくなったのかな……、なんて。


(ないない。)


櫂はカードを大切にしてるんだ。

中でもオーバーロードを本当に大切にしている。

だから後者はまずないと思った。

「と、なればドラゴン・エンパイアで緊急事態でも起きたかあ?」

「緊急事態だと?」

「あ、いや、イメージなんだけどさ。」


思いっきり口に出ていたようだ。

櫂は小さな溜め息をついたあと、デッキケースに手を当てながら言った。


「それは俺も考えたんだ。ネハーレンにもドラコキッドにも聞いたんだが、特に異常はないそうだ。」

「…………。」


俺は文字通り硬直状態だ。


「どうかしたか?」



訝しげな視線が突き刺さる。

ツッコんだら負けだと思った。

というかツッコミが追い付かなかった。


「ハハ……、そっか、ネハーレンが…ねぇ……。」

「馬鹿にしてるだろう。」

「してない!してないって櫂!ほら、オーバーロードのこと考えようぜ!」


細かいことは時が来たら聞こう!

俺は櫂の胸に背景だけのカードを押し付けた。

それを親指と人差し指で持ち痛い顔で見つめる櫂。

翡翠がまた潤ってきて、長い睫毛が頬に影を落として、横顔がすごく綺麗だった。

学校で見たあの表情。

あの、櫂に乙女を感じた表情。


(本当にオーバーロードが好きなんだな……。)


俺に恋の予感を感じさせちゃうくらい慕ってるなんて少し妬ける。

櫂は背景に視線を落としたまましっとりと呟いた。


「三和だったら、どんな時に俺から離れたくなる?」


あまりにも真剣に、切なそうに言うから、意思に反してにやけてしまう。

奥歯を噛み締めてそれが落ち着くのを待ってから俺は返答した。


「そうだなあ、滅多なことじゃ離れないっつーか離れたくないけど。……嫌われたら仕方ないって思っちゃうかもな。」


櫂が俺とオーバーロードを重ねて問いかけてきたのは明白だったし、そういう意味合いを込めていることを俺に悟ってほしかったのだと思う。

だから、本当だったら俺は「俺」としての答えではなくオーバーロードを考慮した返事をするべきだった。

わかってたけど、ユニット相手に妬いてるなんて格好悪いけど、俺は一瞬オーバーロードを忘れた。


「嫌われたら、か……。」

「そ。櫂に嫌いだーなんて言われたら立ち直れねーよ。」


櫂は一度もこちらを見ずに複雑な顔をする。

少しくらい気にしてくれてもいいのに……。

気付け!こっち見ろ!って念を送りながら櫂を見つめてみる。

するとそれが届いたのか何なのか、目が合った。

瞬間的に大きく見開かれた瞳。

同時に櫂の頬が真っ赤になった。

カードを抱きしめ俺ににじり寄ってくる。

瞳は潤み、ゼリーみたいな艶を持っていた。


(そ、そんな風に見られたら……!)


「なっ、なんだよ……。」


思わず後ずさってしまう俺に櫂は勢いよく顔を逸らして絞り出すように言った。


「それが原因かもしれないっ……。」

「へ?なに、喧嘩でもしたのかよ……?」


「喧嘩」なんて言葉を使うあたり俺も櫂ワールドに引きずり込まれてるような気がする。

櫂はぶんぶんと音がしそうなほど首を振った。


「そうじゃないんだ。」

「?」

「三和っ、俺……!」


眉を下げて俺の顔を覗きこんでくる。


「俺ッ、オーバーロードで、」


(耳まで真っ赤じゃねーか……。)


「オーバーロードで、オナニーしちゃったんだ!」



……え?



「ぇぇぇええええぇぇえええ!?」


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