窓際の席で頬杖をつき、ぼうっと空を眺める。
何を考えてるのかはわからないが、おそらくヴァンガードのことだろう、と俺は勝手に思っている。
清々しいほどのブルーのキャンパスで呑気に流れ行く雲に惑星クレイをイメージしているのかもしれない。
そんな櫂をイメージするのが俺。
今日もまた俺の後ろで櫂は窓の外へ解離してるんだろうな。
黒板なんて見ずにさ。
俺は櫂に消しゴムを借りるフリをして振り返った。
(……あれ。)
全然頬杖とかついてないじゃん。
櫂は両腕を机の上で組み、俯いていた。
いつもなら、俺が振り向くとすぐに「なんだ」とか「前を向け」とか可愛いげの無いことを言って俺をトキメかせるのに、今は俺に気づく様子もない。
俺は何も言わずに黒板に向き直った。
(なんか悩んでる?それとも悲しんでるのか?なんだなんだ、どうしたんだよ櫂ィ〜!)
俺は悶々としながら授業が終わるのをじっと待った。
残り5分がいつもの何十倍も長く感じた。
待ちに待った授業終了の合図と同時に振り返る。
「櫂っ!」
櫂の肩がビクリと跳ねた。
「な、どうしたんだ三和……。」
教室が一瞬静まり返りクラスメイトたちの視線が突き刺さる。
授業中のもどかしい想いが一気に外に飛び出してしまったらしく、自分の声の音量が思いの外大きくなってしまい俺は小さく咳払いをした。
へへ……と適当なやつに手を振ると教室が休み時間の喧騒を取り戻した。
それを確認してから、俺は椅子に逆向きに座り、背凭れに腕をかけると櫂を覗きこんだ。
「なにか、あったか……?」
控え目に聞くと櫂は「いや」と小さく返事をした。
そんなわけないだろぉ〜。
絶対なにかある。
何もなくてあんな表情ができるか!
普段から櫂に関しては出来るだけ深入りしないように気を付けていたが、今回ばかりはどうしてもどーーしても気になってしまった。
なぜなら、あの俯く表情にどこか乙女を感じたからだ。
いつも櫂を見ている俺ならわかる。
なんとなく、本当になんとなくだけど、恋の予感がしたんだ。
「話したくないことかもしれねーけどさ、もしかしたら力になれるかも……だろ?」
本当は力になんてなりたくない。
それでも、櫂が幸せになれるのなら……。
それに櫂に想われている相手が気になるのも事実だ。
どんな美人がこの櫂に気に入られるというのだろう。
戸倉ミサキ……、あのねーちゃんなら有り得ないこともないな、と思った。
それに美男美女、お似合いじゃないか。
「三和……、」
櫂の声で遠ざかりそうになっていた思考が戻る。
「ん?」
動揺を悟られないように冷静に、櫂の片方の瞳を見つめた。
その翡翠は机を見つめていたけれど。
「三和っ……」
ぼろっ、という効果音が正しいのだと思う。
「か、櫂!?」
大粒の涙が机に不規則な水玉模様をつくった。
翡翠がキラキラと光沢をもっていつも以上に綺麗だ。
そんな綺麗なものは俺だけのものにしたくて、俺は咄嗟に制服の裾で櫂の涙を拭った。
「っ…………。」
櫂自身も信じられないといった様子でごしごしと瞼を擦った。
あーあ、赤くなっちゃって。
痛そう。
「帰り、俺ん家寄るか?」
痛いのは俺の胸だった。
あの櫂が涙してしまうくらい想われている相手。
刺したいくらいに羨ましい。
櫂はこくり、と可愛らしく頷いた。
それからの授業の内容なんて全く頭に入らなかった。
櫂は部屋の中央にある小さな机の前へ、俺はベッドに座った。
櫂を部屋にいれるなんていつぶりだろう。
と、考えたが前回のテストの前日だったとあまり日にちが経っていないことに気がついた。
それでも俺には何年も前のように思えて、相当溺愛してるなと自覚せざるを得なかった。
「三和、……」
なんと切り出せばいいのかわからず戸惑っていると、以外にも沈黙を破ったのは櫂の方だった。
「真剣に、聞いてくれるか……。」
「ああ、約束する。」
(どうしようどうしようどうしよう!!!!)
ついに櫂の想い人が、櫂の口から……!
胸が張り裂けそうとはまさにこのことだと思った。
きゅぅぅって心臓を捕まれてるみたいだ。
櫂は鞄からデッキケースを取りだし、机の真ん中に置いた。
「見てくれ。」
「?? デッキ見てどうすんだよ。」
「真剣に聞いてくれるんだろ。」
デッキが何を表しているのかサッパリわからない。
口からじゃ伝えづらいからケースにメモ用紙入れましたとかそんなところか?
疑問しか湧いてこなかったが、俺は櫂のデッキを手に取った。
櫂のカードに触れられるだけでも儲けものか……。
「…………。」
ケースにメモらしきものは見当たらない。
櫂は心配そうに俺の手元を見つめていた。
1枚、また1枚カードを送っていく。
相変わらずかげろうは格好いいな。
……と、ついに最後の1枚になってしまった。
「えっ……」
櫂の瞳からまた涙が零れた。
最後のカード。
それは櫂が一番大切にしていたドラゴニック・オーバーロードのSPだった。
しかし、そこにオーバーロードの姿は、ない。
ユニット名だけが、異様な輝きを放っていた。
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