夏休みは残すところあと2日となっていた。

不思議なもので、夏休みに入る前までは7月中に宿題を終わらせて8月は毎日遊ぶ、という計画を立てる。

しかし一度休みに入ってしまうと、明日からやれば今月には終わるだろう、明日から、明日から……と、先伸ばしにしてしまい、いつの間にか8月に突入しているわけである。

そしていよいよ宿題をやり始め、毎日少しずつやれば終わるんだと見通しを立てる。

そんなことをしても1日でもサボる日があれば、今日の分は明日まとめてやればいい、と思うようになり、それが連鎖となってあっという間にラスト一週間である。

やっと本格的に宿題を進めるが思うように捗るわけもなく、結局ほとんど終わらないままこの日に至るわけだ。


---8月30日---


「お前は作文だ。なんでもいい、適当に書け。」


櫂は400字詰めの原稿用紙とシャーペン、そしてほとんど角が削れていない消しゴムをレンに手渡した。

レンはそれを渋々受け取り2行目に名前を書く。


「おい。自分の名前を書いてどうする。」

「そうでしたね……。かい、かい……、あれ、カイってどう書くんでしたっけ。」


レンが悪びれた様子もなく櫂を見ると、櫂は自分で名前を書いた。

今日は8月30日。

明後日から学校が始まるというのに、ヴァンガードに夢中になっていた彼、櫂トシキも例外なく宿題の山に追われていた。

夏休みも平日も変わらない生活を送るレンが恋人のもとへ遊びに来ると、そこに待っていたのは宿題の手伝いというつまらない役割。

櫂に、これが終わるまでは遊べないと言われてしまっては手伝わないわけにもいかず、渋々シャーペンを手にするレンだった。


「何でもいいって……、じゃあこの前SPのオーバーロードが当たった話でもいいですか。」

「もっと無難なのはないのか?あとオーバーロードSPは俺が買い取る。」

「嫌ですよ!!」


ばっ!とレンは腕でバツをつくりなぜか自らの胸を隠した。

そんなレンにあきれた視線を向け、櫂は数学の問題を解き始める。

真っ白だったワークは一度も留まることなく、綺麗な字に満たされていった。

セミの鳴く声と紙の擦れる音だけが部屋のなかに響いていた。






「……よし。これで数学は終わりだ。」


ぱたん、とワークを閉じる。


「作文もできましたよ。」


レンは自慢気に原稿用紙を広げて見せた。

櫂はひらがなが目立つ文に頭が痛くなるが文句は言わない。

そんなことを言っている暇があれば英単語のひとつでも書いて宿題を進めたかった。


「得意な教科はあるのか?」

「答えをうつすのは得意です。」


櫂は黙って世界史と日本史のワーク、それから回答冊子をレンに差し出した。

答えを写すだけとはいえ、紛らわしいカタカナと面倒な漢字が羅列する教科だ。

そんなものを写すなんてつまらない作業は櫂はしたくなかった。

櫂はどちらかというと自分で考えて答えを導き出すのが好きだったからだ。

だからと言って特に暗記物の教科が嫌いなわけでも苦手なわけでもなかった。

答えを写し始めて5分もしないうちにレンの口からは「飽きた」とか「つまらない」という愚痴がこぼれた。


「もう遊びましょうよ櫂ぃ……。」


櫂は英文の最後にピリオドを打つと、片手で携帯を開いた。


「仕方ない。テツをコールだ。」

「寒いです。」


レンは自らを抱き締めるように体を暖める真似をした。

櫂はレンの頬をつねった。








「テツ、アイスは買ってきましたか!?ヴァーゲンダッツのストロベリーアイスっ!!」


テツは袋から小さなカップを取り出すと、付属のスプーンと一緒にレンに渡した。

レンは子供のような歓声をあげ、ソファーに飛び乗った。


「突然すまなかったな……。」

「いや、レン様が居られるのなら構わない。それで、用とはなんだ。」


テツは抹茶のアイスを取りだし、櫂に渡す。

少しだけ櫂の表情が明るくなった。

櫂はテツをテーブルの前に座らせ、自分は反対側に座った。

そして先程までレンが使っていた筆記用具をテツの目の前に置いた。


「夏休みの、宿題だ。」

「………………。」


テツの表情は一ミリも変わらないが内心はぐらぐらに動揺している。

櫂が自分に電話をかけてきた時点ですでに驚いていたというのに、まさか宿題なんて言葉を櫂の口から聞くことになるなんて。

しかもそれを手伝えと要求してくるなんて。

テツは鼻だけで大きく深呼吸をしてから頷き、「わかった」と短く返事をした。

余計なことを突っ込んでは隠している動揺がすべて外に出てしまいそうな気がしたからだ。


「このワークの写しを頼む。」


櫂は抹茶アイスを口に含んだ。

テツはワークを開くがしかしあるものに気づいてしまった。

それは乱雑に重ねられた原稿用紙。


「………なんだこれは。小学生でもこんな文は…………ハッ!」


ばっ!

レンを振り返る。

レンはアイスを食べながら櫂の携帯にあるアプリ(ソリティア)を必死にやっていた。

恐る恐る櫂の方へ顔を戻すテツ。

櫂はアイスを掬う手を止め、静かに大きく頷いた。


「この世から離脱しますレン様……。」

「だめだ、それは宿題が終わってからだ!」

「櫂、テツ!見てください!記録更新しましたよ!!」


セミが一層激しく鳴いていた。








昼間のけたたましい鳴き声とは打って変わって、ひぐらしの高く美しい声が木霊した。

櫂から安堵の笑みがこぼれる。

読めなくはないが決して綺麗とは言えない字、細く繊細で止めはね払いまで気を遣った字、重さを感じさせるような濃くてしっかりした字。

明らかに複数の人物によって手掛けられた宿題が、テーブルに並べられた。


「終わったな……。」

「ああ。」


携帯を握り締めたまま、レンはさながら胎児のようにソファーで寝息を立てていた。

そんなレンに櫂はタオルケットをかけた。


「明日、」


ぽつり、と櫂が呟く。

出来上がったワークを捲るテツの手が止まった。


「明日、出掛けないか。3人で。」


3人で。


「そうだな。」


テツは、櫂にバレないように微笑んだ。


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ところで、途中の櫂くんのギャグはわかっていただけたでしょうか。
2012.01.16

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