埃っぽい裏とは違い、いつもの道は透明な空気だ。
今俺が手にしているものは、アイチから貰ったベリー、三和がくれた卵、そしてジュンと交換した生クリームだ。
これらの材料があれば十分美味しいケーキが作れるだろう。
粉類や細かい調味類は部屋に揃っているため心配ない。
俺はケーキのデザインを考えながら速足でマンションに戻った。
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「……よし。」
なんとかレンが来るまでにケーキを完成させることができた。
ベリーを上品に添えた大人っぽいゴージャスなケーキ。
スポンジの間にはベリームースをはさみ、甘酸っぱくて爽やかな味わいに仕上げた。
全体にかかる甘いシロップとの相性もバッチリだ!
俺はテーブルの真ん中にケーキを置き周りに料理を並べた。
前菜から肉料理まであるフルコースである。
レンが好きなものは普段から調査していたため、どの料理も喜んでくれるだろう。
真っ白な食器を並べているとインターホンが鳴った。
来たっ……!
急に鼓動が速くなる。俺は大きく深呼吸をしてから玄関のドアを開けた。
「ふふ、来ちゃいました。」
レンの笑顔は灯火だ。
近くにいると暖かくてとても穏やかな気持ちになれる。
レンは、思わず見とれてしまっていた俺の髪に手をやると「どうしました?」と柔らかく聞いた。
「何でもない!」
ふい、と顔ごと逸らしてもレンは嫌な顔ひとつせずくすくすと笑っている。
「いい匂いがしますね。」
こんなことは初めてではないのにどうして今日はこんなにも緊張するのだろう。
ケーキを作ってやったことは初めてだったが、クッキーやマフィンなどのお菓子を用意しておいたり、夕食時に来ることがわかっているときには夕食を作って待っていたことが何度もあった。
それなのにドキドキしてしまうのは、今日が特別な日だからだろう。
部屋へ向かうレンの後ろを歩きながら、俺は何度も心の中でレンが喜んでくれますようにと願った。
「わぁっ……!」
部屋のドアを開けたレンは感嘆の声をあげ俺を振り返った。
その表情に嬉しくなる。
頬をほんのりと染め、深紅の瞳がベリーのように輝いている。
「レンっ。」
俺の頬はレンのよりももっと染まっているだろう。
これは照れてるからじゃない、灯火の近くにいるから暑くて、それで紅くなってるんだ。
俺はレンの手をきゅっと握りしめ、祝福の言葉を贈った。
「誕生日、おめでとう!」
ふんわりとキスされる。
言葉では表しきれない感情が唇から伝わってくるような気がした。
「ありがとうございます。僕はしあわせ者ですね。」
俺だってしあわせ者だ。
大好きなレンの誕生日を祝えるなんて!
ケーキの材料が足りないとわかったときにはどうなることかと不安になったが何とかなるもんだ。
ありがとう、みんな。
俺の心もレンの笑顔のように柔らかくなっていた。
「あーんってしてください。」
「今日だけだからな。」
そうは言いつつも口許が緩んで仕方ない。
フォークでケーキを一口サイズに切りレンの口へ運ぶ。
気がつけばケーキの半分以上がレンの華奢な身体に収められていた。
レンの口の周りはベリーの果汁やムースで汚れている。
俺の前でしか見せないこういう子供っぽい姿は特別で、改めて恋人同士であることを実感する。
タオルを渡せば、レンは首を横に振って「櫂の舌がいいです」と顔を近づけてきた。
レンのお願いを俺が断るはずもなく、そっと舌を伸ばせば独特の酸味が舌先を麻痺させた。
反射で唾液が溢れる。
これが恋の味というものなのだろうか。
俺はそんなことを考えながら、いつの間にかレンに深く口付けていた。
「ん、ふ……。」
どちらともなく甘酸っぱい声が漏れ、俺の髪にはレンの指が絡んだ。
お互いの唾液を交換し合ながらベリーの香に溺れる。
「続き、してもいいですよね?」
こくりと頷くと、レンは俺の手を引いてベッドルームに移動し、綺麗に整頓されたベッドの上に俺の身体を沈めた。
俺に覆い被さり耳の横で細い指を俺の指と絡ませてくる。
薄暗い部屋の中でレンの濡れた瞳だけがキラキラと輝いて見えた。
「レン……キスしたい……。」
薄く開かれた唇が押し付けられる。
ケーキの味が残る舌が俺の口内を侵し、唾液をかき混ぜ、快感を残して去っていく。
息継ぎもできないほど何度も角度を変えては濃厚なキスをされ、全身がゾクゾクした。
「んんっ!ん、はぁ……!!」
やっと解放されたかと思えば、次は首に吸い付かれやらしい痕を付けられていく。
「もう止まりませんよ。櫂のことがもっと好きになってしまいました。今日は櫂もデザートですよね?」
「は、ぁっ……、あたり、前だろ……。」
「ふふ。では遠慮なくいただきます。」
俺は期待で胸と下半身を膨らませながら大好きなレンにデコレーションされることにした。
end
⇒言い訳(?)