熱を出したときのような頭痛とだるさで俺は目を冷ました。

重たい瞼を持ち上げれば、見慣れた天井が広がっていた。

それは間違いなく俺の住むマンションのもので、とりあえず安堵する。

部屋は閑散としていて物音ひとつ聞こえない。

しかしそれが異様な雰囲気を醸し出していた。

記憶が正しければ俺はレンを部屋に呼び、いつも通り恋人同士としての日常を楽しんでいた。

何度もヴァンガードファイトをし疲れては抱き合って癒され、バラエティー番組の再放送を見ながら俺の作った昼食をとっていた。

しかしその後がまるで思い出せない。

夢を見ていたかのように記憶がぷっつりと途切れ、真っ暗なイメージしか沸いてこないのだ。

かといって本当に夢を見ていたわけではないと思う。



俺は麻痺する身体を起こし部屋を見回した。

横たわるもうひとりの姿を捕らえた瞬間、心臓を掴まれたように胸が痛み嫌な汗が背中を冷やした。

鼓動がうるさいくらいに脈を打った。



俺は間違いなく櫂トシキだ。

そして、目の前でぐったりしているのも俺、櫂トシキだ。

俺は瞬間的に死というものをイメージした。

幽霊というものを信じたことはなかったが、今、この俺こそがその幽霊なのではないかと思わざるを得ない。

おそらく本物の肉体であろう俺には触れることが出来ず、突き抜けてしまうとまで俺のイメージは先をいく。


近くで見るほどこれが俺であることを確信させられた。

喉に引っ掛かる唾を飲み込み、手を伸ばす。

もし通り抜けてしまったら。

幽霊でもヴァンガードは出来るのだろうか。

明日からテストなのにどうしよう。

次々に浮かんでくるあれこれを払おうともせず、俺は目を瞑ったままの自分の頬に触れた。


……触れた?


あれ、なんか恥ずかしい。

ひっそり書きためていたポエムを他人に見られたときのような恥ずかしさだ。

そんなものを書いたことはないのだが。

しかしすぐにその羞恥は驚愕へと変わる。

頬から垂れる紅い髪が視界の端に映ったからだ。


「なんだ、これ……。」


鼻にかかるような高めの声。

もしかしたら幽霊説よりも厄介なことになったかもしれない。

よく見れば服装も自分のものとは違っていた。

濃紅のシャツに黒いスラックス。

どう見てもそれはレンが着ていたものだった。



いや、そんなはずはない。

こういうのってアニメとかファンタジーの世界の話だろ?

悪い夢に決まっている。

そうだ、きっと夢の中なんだ。

頬をつねればいいんだろ、わかってる、オーケーオーケー。


(痛い……。)


痛かった。

普通に痛かった。

俺は自分の姿を目の前に、がっくりと肩を落とした。

ため息をつく気力もない。

頭の中が真っ白とはまさにこのことだと思う。


「ん……。」


目の前に横たわる俺の睫毛が震え、ゆっくりと瞼が開かれる。

翡翠の瞳はおそらく今は深紅であろう俺の瞳を見つめ、数回の瞬きをした。


「僕が……います……。」


聞こえてくるのは俺自身の声だったが、口調は明らかにレンで、緩く笑うその表情にも面影があるように感じた。

こんな気の緩んだ表情は俺には出来ない。


「面倒なことになったようだ。」


まだ状況を理解できずにいるレンに言えば、レンは「わあ」と声をあげ飛び起きた。


「僕がふたり……。」

「そうじゃない。」


俺の、いやレンの髪を指差すと、レンも釣られて頭に手をやった。

途端に慌てて自分の身体を触っている。

手のひらで押すように顔の感触を確かめ、その手を見つめ、下着の中を確認すると「僕のじゃありません!」と性器を見せつけてきた。


「しまえ。」


レンも理解したらしく、全身鏡の前に行くとまた自分の身体を確かめていた。

「へぇー」とか「ふーん」とか言いながら、その場でターンしたり鏡に近づいてみたりとくまなく調べている。

俺も鏡に姿を映せば、当然のようにそこにはレンの姿があった。

半目で幼さを感じさせるような俺の姿と強気な目付きで威嚇するようなオーラを纏ったレンの姿。

受け入れたくないが、ここまで来ては認めるしかなかった。

そう、俺とレンは身体が入れ換わってしまったのだ。



---I am---




改めて向かい合ってみると本当に不思議な気分だ。

お互いの目には自分の姿が映るというありえない現実に、俺はため息が止まらなかった。

しかし深刻に考えているのは俺だけのようで、レンはほのぼのと首を傾げていた。

俺の姿でそんな仕草をされると自分のキャラが崩壊するようで頭が痛くなる。


「もう少し真剣に考えろ。」


話すたびに自分とは違う声が聞こえて複雑な気持ちになる。


「別にいいじゃないですか。楽しいですよ。」

「お前だけな……。」


丁寧な言葉を使う自分の姿に違和感しか感じられない。

レンも同じ心境かもしれないが、俺の方が強く感じている自信があった。

このまま戻らなかったら俺には困ることがたくさんある。

学校の心配もあるし、明日から大切なテストがあるし、カードキャピタルにだってレンの姿のままでは行けない。

もしレンがフーファイターの本部に戻らなくてはならない事態になったとしても俺はなんとかうまくやる自信があった。

まったく知らないわけではないし、それなりにレンになりきる自信があったからだ。

唯一の救いといえば、色々あって(この辺はイメージしろ!)レンからPSYクオリアが消えているということだ。

フーファイターも以前のような険悪な雰囲気はなく、良き組織として成り立ちつつある。

しかしレンはどうだろう。

悪いがレンが俺になりきれるとは思えない。

テストだって下手すると全問わからないだろうし、授業中に突拍子もないことをしないという保証もない。

クールな俺のキャラが崩れては色々困るんだ色々。

ほら、アイチとか俺に憧れてるし。

それに、身体が入れ換わったなんてみんなに知られたら俺とレンが恋人同士であることがバレるきっかけとなってしまうかもしれない。

このことを知っているのは三和だけである。

なぜかはわからないが、三和にはレンと付き合って3日くらいでわかってしまったのだ。


「あ、そうだ。」


ポン、と手のひらを叩いてレンが言う。


「入れ換わったときと同じことをすればいいんですよ。」

「それは俺も考えた。……が、覚えてないんだ。レンは覚えているか?」


レンは目を閉じて首を振った。

もう腹を括るしかないのだろうか。

残念だが今すぐもとに戻れるとは思えない。


「大丈夫ですよ、櫂。」


突然抱き締められ、髪を撫でられた。

明らかにレンの身体の感触とは違ったが、その暖かさは間違いなくレンの持つ優しさだった。


「そんなに暗い顔をしないでください。」


外から見ると、自分に抱き締められているのに嫌な感じがしなかった。

レンを感じることができたからかもしれない。

俺は悩むよりもレンのように楽しむことのほうが難しいように思えた。

真剣に考えているようで焦っていたのは俺だけで、レンは冷静にこの事態を受け止めようとしている。

自分が子供に思えたがそれはレンの姿だからということにした。


「貴重な経験ってことにするか。」

「ふふ、そうですね。」


今はなるようにしかならない。

正直、不安は拭えなかったがまったく余裕がないわけでもない。

俺は自分の匂いがする懐に顔を埋め静かに目を閉じた。


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とりあえずこんな感じで!
気紛れに続き書きます。
2011.12.23

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