先ほどの人だかりが完全に見えなくなってからさらに5分ほど歩いただろうか。

主婦たちの賑やかな声の代わりに聞こえてくるのは通りすぎる車の音と、どこかで遊んでいるのであろう子供の元気な声だった。

若干の寂しさを感じつつもやはりこれくらい静かな方が歩きやすいな、と思った。

しかしそんなことを考えていると、子供ではない元気な声が背後から聞こえてきた。

明らかに俺のことを呼んでいる。

それが誰かなんて振り返らなくたってわかる。


「よっ!!」


ポン、と俺の肩を叩き目の前まで回り込んできたその人物は、予想通り、三和だった。


「こんなとこで何してんだよ?」


こいつの笑顔を見ると何でも話したくなってしまうのだから不思議である。


「あっちのスーパーに用があるんだ。」


言うと、三和の表情からは笑顔が消え、驚いているような気まずそうなものに変化した。

目を逸らしながら三和が口を開く。


「あちゃー。そこさぁ、俺も行ったんだよ。いつものスーパーがなんか大変なことになってたからさ。」


でも、と三和は続けた。


「なぜか閉まってたんだよな。お陰で結局あのおばちゃんたちの中に入ることになっちまって、もうボロボロ。」


両手を広げておどけて見せてくる。

言われてみれば服装が崩れ気味だ。

よく無事に戻ってこれたものだと関心してしまう。

しかし俺が気になるのはそこではない。

スーパーが閉まっていただと?

俺が歩いていける範囲にあるスーパーはこれ以上思い当たらない。

これでは材料を揃えられないではないか。

俺もあの人混みに飛び込まなくてはならないのかと思うとため息が出る。


「そうだ、櫂は何買う予定だったんだ?」


三和のことだ。

正直にケーキの材料だと言ったら誰かのために作ることくらい感づくに決まっている。

なぜか三和にはバレてしまうのだ。

かといって嘘をつくのも嫌だ。

俺が口ごもっていると、三和が察したように買い物袋からあるものを取り出した。


「それ……。」

「あ、やっぱりこれか?激安だったから余分に買ったんだぜ。」


三和には叶わないな。

にっ、と歯を見せて笑う三和は、1パックの卵を俺に手渡した。

それはケーキ作りには欠かすことのできない材料であり、俺がここで受け取らない理由などなかった。


「すまない。」

「いーっていーって!!あ、それから間違ってもあの中に飛び込んだりするなよ。ヤバいことになりそうだから…っていうかもうほとんど売れちゃってたけどな。」

「そうか……。」


必要以上に深入りしてこないのがこいつのいいところだ。

三和は指先で俺の唇をなぞりながら目を細めた。


「お使いの途中じゃなけりゃ今すぐほしいんだけどな。」

「え?」

「いんや、こっちの話。後でお礼してくれよな!」

「ああ。もちろんだ。」


三和の頬がうっすらと朱に染まったのは気のせいだろうか。

軽快な足取りで来た道を引き返す三和の背中を見つめながら、俺はやはりお礼は料理がいいだろうと思い三和の好物はなんだったかと考えた。











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