「7時か……。」
カードをいじっていると本当に時間が過ぎるのが早い。
夢中になりすぎて自分が空腹であることに気づかないこともしばしばである。
かといって別に困ることもない。
朝や夕飯を抜くのはよくあることで、食に関してはあまり興味がなかった。
別に料理ができないわけではないが、自分一人のために作る気にはなれないのだ。
しかしいつか誰かのために作ることがあるかもしれないと思い、気まぐれに練習することはある。
以前合宿に行ったときにはそれが発揮されて満足なカレーライスを作ることができた。
加減がわからず玉ねぎを刻みすぎてしまい、次の日の朝もカレーとなってしまったが先導アイチの妹が喜んで食べていたことは正直嬉しかった。
やはり食事は誰かとするからこそ美味しいものだと思う。
その美味しさはどんな調味料を使っても得ることのできないものだ。
そして一度それを知ってしまうと、どうしても自分ひとりのために料理をする気にはなれない。
だから空腹を感じている今も特に何かを食べたいという欲はなかった。
再びカードを眺め、デッキ構成を考える。
生き生きと描かれているかげろうたちを見ていると、こいつらはドラゴン・エンパイアの地でどんな生活を送っているのだろうかとイメージしたくなる。
たくさんの仲間と助け合い、時には衝突しながら充実した毎日を過ごしているのだろうか。
仲間だけじゃない、恋人やそれに家族だっているかもしれない。
「…………。」
急に苦しさを感じ首を振ってイメージを払拭する。
相変わらず俺一人しかいない部屋は静まりかえっており、不愉快な広さを感じさせた。
泣きたくなる。
俺はこの光景が嫌いだ。
まるで人の気を感じさせないこの部屋は容赦なく俺に孤独を突き付けてくる。
孤高のヴァンガードファイター?
笑わせるな。
俺は逃げているだけだ。
誰かを失った後の孤独はとてもつらいことを知っているから。
いずれいなくなってしまうのなら、いっそひとりでいた方がマシだ。
だけど俺は弱くて寂しがりだ。
だからいつも公園のベンチに人の声を聞きに行く。
元気に遊ぶ子供とそれを見守る親の声を聞きに。
一生手に入れることのできない暖かさを少しでもわけてもらえるように。
突然携帯のバイブ音が鳴り俺は我にかえった。
どうやら着信のようだ。
俺の携帯のアドレス帳には両手で足りてしまうほどの件数しか登録されていない。
しかもその半分以上は学校や警察といった事務的なものだ。
普段から電話する相手なんてひとりしかいない。
「……なんだ。」
「なんだってことはないだろー?そうそう、夕飯食った?」
この部屋とは真逆の明るくて暖かい声がする。
「いや。」
こいつは、三和の声は不思議と俺を安心させた。
昔から三和だけは変わらない。
見た目も性格も俺を受け入れてくれることも。
ありのままの俺を認めてくれる、かといって余計な深入りはしてこない三和との関係は俺にとって心地よかった。
三和といると安心するんだ。
電話の向こうで三和が歯を見せて笑う姿が容易にイメージできる。
「じゃあ、一緒に鍋食おーぜっ!」
材料持ってくからさ!と続ける三和の声の奥からは、ビニール袋の擦れる音が聞こえた。
おそらくもうすぐそこまで来ているのだろう。
俺はカードをそっとケースにしまった。
「いいだろう。作ってやる。」
三和のためなら作ってもいい。
俺はこの部屋が嫌いだ。
しかし、三和と一緒の空間は嫌いじゃない。
通話を切ってから間もなくしてインターホンが聞こえた。
---それは暖かい声が届いた合図だった。---
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櫂くんに幸せになってほしい。
2011.12.19
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