レンはよく俺のところへ泊まりにくる。

本格的に暗くなる前には帰る予定で遊びに来たときも、まだ一緒にいたいと言い出し結局朝までいたりするのだ。

せっかく迎えにきたテツを追い返したことも何度あったかわからない。

レンは料理はもちろん、シャツ1枚畳むことすらできないほど家事全般が苦手だ。

苦手というより駄目だ。

部屋を散らかすことは得意だが、片付けることはできない。

自分で出したゴミですらゴミ箱に行くことはない。

夜ばっかり主導権を握って容赦なく俺に襲いかかってくる。

そんなレンが突然、食器洗いをすると言い出したのだから開いた口が塞がらない。

俺は平日休日に関わらず朝ごはんを作るし、食べ終わったらすぐに洗い物をする。

レンがいるときはもちろん二人分を作り、一緒に朝食をとる。

今朝、口のまわりをケチャップで汚しながらレンが思い立ったように言ったのだ。


「今日は僕が洗います。櫂は学校の準備でもしていてください。」


飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになり、無理矢理飲み込んだため盛大に咳き込んでしまった。

レンが洗い物?

そんなことをされたら食器がいくつあっても足りないんじゃないだろうか。

朝からガシャーンとかパリーンなんていうBGMは聞きたくない。

フォークでウィンナーを刺して頬張るレンに、俺は冷静に、しなくていい、と伝えた。

代わりにティッシュを差し出し、口を拭くように促した。

汚れたティッシュは当然のことのようにテーブルの上に丸めて置かれた。

しかし、レンはどうしてもやりたいと頑なになっている。

いくら言い合っても埒が明かないのは目に見えていた。

こうなったら俺が折れるしかないのだ。


「……気をつけてやるんだな。」


言うと、早速レンは食べ終えたばかりの食器を流し台へ運び始めた。

途端に陶器同士のぶつかり合う音が響き心配になる。

傍で見ていたいが、学校のこともあるため時間を無駄にするわけにはいかない。

ただでさえ冬の朝と言うのはなかなか布団から出られないものである。

その分時間もおしているわけだから、ゆっくりなんてしていられない。

俺は仕方なくレンに洗い物を任せ、制服に着替えることにした。

体温で暖まったパジャマを脱ぎ捨て冷えきったシャツに腕を通す瞬間は何度味わっても好めない感覚だ。

温存した体温が奪われていく気がする。

レンのことが気になるあまり、無意識に着替えるスピードがあがる。

鞄に今日使うものが入っているか確かめ、ついでにデッキも押し込む。

とりあえずその間には仕事が増えるような音は響いてこなかった。

それでも心配なことには変わらず、様子を見に行くとレンは穏やかに食器についた泡を落としていた。

いつの間にか髪はひとつにまとめられており、その風貌はまるで家事に慣れ親しんでいるようにも見えた。

そっと近付き手元を覗きこむ。


「用意は終わったんですか?」

「いや……。」


余裕を見せられ少し気まずくなる。

それと同時になにか違和感を感じた。

この感覚を違和感と呼ぶのとはまた違うかもしれない。
なにか引っ掛かるような、気になるような、なんとも言葉に表し難い感覚だった。

実は心配するほど不器用なわけでもないのだろうか。

俺は充電器に刺さったままだった携帯をポケットへ入れ、歯磨きをするために洗面所へ向かい蛇口を捻る。

歯磨きをしながら目の前にある鏡を見れば、若干眠そうな自分の顔が写った。

そういえば今日は三和が日直だったな。

日直の仕事はなかなか忙しく休み時間返上ということも少なくない。

そのため日直に当たった生徒はいつもその日1日落ち込み気味だ。

唯一の話し相手である三和が忙しいとなれば、もしかしたら今日は学校で一度も口を開かずに下校となるかもしれない。

俺は歯ブラシを洗うため再び蛇口を捻った。

指先に触れる水が冷たくて思わず雑に洗ってしまう。


「……あ。」


先程の感覚はこれだ。

急いで口を漱ぐと、俺はすぐに流し台へ向かった。

真剣に手元を見つめるレン。

その手は黄みがかるほどに白く、指先だけが目に見えて赤く染まっていた。

俺は蛇口から流れる水に手をかざした。

それは氷のように冷たく、皮膚をピリピリと刺激した。


「手、痛いだろ……。」


レンは家事なんてしたことない。

わがままで強引で甘えてばかりいるおぼっちゃまのような性格だ。

俺のところへ来ては好きなように過ごし、好きなタイミングで帰っていく。

気分屋で自由で子供っぽい。

しかしレンは優しい。

誰よりも俺のことを考えてくれている。

俺が学校のテストで疲れているときには甘いお菓子を手土産に遊びに来た。

俺が寝付けないときにはいつまでも髪を撫でていてくれた。

夜中に急に寂しくなってメールをしたときにはムービーつきで返信がきた。

俺はレンのそういう部分がだいすきだ。

だから俺はレンにしてあげられることは何でもしたかった。

いくら部屋を散らかしたって怒りもしないし、別にかまわなかった。

もしかしたらレンも同じなのかもしれない。


「口元、歯磨き粉ついてますよ?」


ふふ、と笑うレンの笑顔が柔らかい。

俺はお湯が出るように蛇口を調節し、手の甲で口元を拭った。

昨日俺は言ったんだ。

明日は寒くなりそうだ、と。


---冬の朝に暖かさを知る---


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2011.12.15

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