この手を離したらもう終わりだと思った。

「おい、手離せよ」

「イヤです」

「アマイモン!」

「イヤです」

繋ぐ手右手から伝わる体温が身体にじんわりと染みてなぜが泣きたくなった。
どうして、こんなにも暖かいのか。

俺はこの手を離さなきゃならないんだ。
頭ではそう理解しているのに、身体が動かない。
すべてを捨ててすがりたくなる。

「もう帰らないと」

「イヤです」

「雪男が帰ってきちまう」

そんな問いを何度繰り返しただろうか。
ふ、と顔を向ければ真剣な瞳に貫かれる。

「ボクからは絶対に離しません」

そう言って、ぎゅっとより強く握り締る。

そんなのってずるい。
俺が手を離せないのを知っているくせに。

どうして、と訴えかけるような視線をやればただこちらをじっと
見つめ返されるだけで、強い意志を灯す瞳がまぶしくて思わず顔を逸らす。

「オ…オ、レ」

喉の奥に周囲の冷たく澱んだ空気が流れ込む。
その空気を吐き出すように言葉を紡ぐが、ぽろぽろと断片的に零れ落ちるだけで
意味をなさない。

言葉を吐き出そうとしてもひゅっと、喉が鳴るだけで。
どれくらい経っただろうか。
実際には三分もたっていないはずなのに、もう一時間そうしていた気がした。


「燐、泣かないでください」

手を繋いでない右手でアマイモンは俺の瞳から零れ落ちる涙を拭う。
そこで初めて自分が泣いているのだと気がついた。

「悲しいんですか?」

そうではないんだ。
首をぶんぶん思い切り振りかぶり言葉を否定する。

悲しくなんてない。
むしろ嬉しいんだ。

でも、俺には仲間がいる。
仲間を裏切ることなんかできない。

「裏切れないんだ…」

「そう、ですよね。ごめんなさい」

悲しみを含んだ声にはっとして顔を上げれば、次の瞬間暖かい腕の中にいた。
視界が遮れ、真っ黒に染まる。
一体、何が起きた。

状況がわからずあたふたしていると頭上から声が聞こえてきた。

「可愛いからボクいじわるしました」

だから許してください、と甘い声で囁かれる。

「困るのはわかってたのに試すようなことをしました。
燐にはどっちも大切なんでしょう?」

「そうだ…でも、俺は、アマイモンの方がっ」

大切なんだ。
その言葉を飲み込むかのように塞がれた唇によって形を成すことはなかった。
言ってはいけないとでもいうのか。

「ふっ…はっ…アマイモ…ン……」

深く、深く、お互いを確かめるように舌を絡める。
まるで獣のように貪る激しいキス。

唾液が絡み水音が鼓膜を刺激する。
ただキスをしているだけなのに、身体の奥にある芯がぐずぐずに解けていく。

「ん…はっ…」

息がいよいよ苦しくなり、胸を力が抜けた手でどんどんと叩き、抗議する。

離した唇の間を名残惜しそうに銀の糸が繋ぐ。
酸素が足りなく未だはぁはぁと息を漏らす俺にアマイモンは顔中を啄ばむようなキスの雨を降らす。

「好きです」

言葉に答えるように俺からも触れるだけのキスをする。

「ん…」

息が整い頭の中がクリアになってくる頃に、思い出したかのように言った。

「いいこと思いつきました」

「なにを?」

「誘拐です」

「はっ…?」

きっぱり言い切ったアマイモンに意図がわからずきょとんと首を傾ける。
聞き違いでなければ誘拐っていったような。
いいや、それは無いだろ。

「燐が自分でこれないんだからボクから行けばいいんだよ」


「だから燐を攫いにきます。覚悟しておいてよ」

一息に言い切る。
笑うアマイモンに疑問を投げかけようとしたが、それは叶わず、
瞬きをしているうちに、影に溶けるようにいなくなっていた。

「言いたいこと言って帰りやがって…!」

一人しかいない、しんとした空間に吐き捨てる。

もやもやしたこの気持ちを後に帰ってくるであろう雪男にぶつけることもできずただ腕に顔をうずめた。

握られていた右手がまだ熱を持っているようだった。




握られてたのはきっと俺の右手じゃなくて俺の心臓。
君からもう逃げられない。




110503
.........................

アマイモンの口調が迷走中…。
手を繋ぐのってなんかすごくすきです。


←back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -