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言われた通り南正十字公園に向かった僕はブランコに腰かける兄さんを見つけた。
走って駆け寄れば、気付いた彼は片手を上げて応えた。
「ほんとに来た」
「…兄さんが、呼んだんじゃないか」
驚いたように声を上げた彼に動揺を隠すことが精一杯だった。
朝の日曜の公園なのに人が少ないな、だとか現実逃避をする。
しかし、どきどきと騒ぐ胸の音は抑えることなんてできなかった。
端から見たら明らかに動きがぎくしゃくしていたので、そんなのバレバレだっただろう。
「それで、何の、用?」
兄さんを見据えて尋ねる。
恐怖に声が震えた。
そんなの聞かなくてもわかってた。
昨日のこと。僕らの関係のこと。
そうに決まってる。
あれだけ酷いことをして、兄さんを傷つけて悲しませたのだから。
非難される覚悟はもうできていたつもりだったが、怖いものは怖かった。
どんな言葉で非難されるのだろう。
目を閉じればさまざまな言葉が浮かんでは消える。
サイテー。
顔も見たくない。
気持ち悪い。
嫌い。
『お前のことなんか大嫌い』
思わず手を握れば、掌にじわりと汗がにじんだ。
嫌な想像に耐えるように、また強く握った。
それから僕は兄さんの言葉を待った。
実際は数分程度だっただろうが、僕には何時間にも感じられた。
恐怖と不安で頭の中はいっぱいで、かいた汗がひどく気持ち悪かった。
「なぁ、デートしないか?」
弾かれたように目を開けば真面目な顔した兄さんがそこにあった。
◇
兄さんの言うとおりいたって普通のデートだった。
実際はデートというよろもただ友達と遊んでいるような感じだったが。
映画に、買い物に、水族館。
定番といわれるものだった。
今はセフレでもなんでもない、ただの兄弟だから、デートという言葉は少し可笑しいのかもしれない。
「おい見ろよこれ、すげー!」
指差した先には気持ちよさそうに泳ぐペンギンがいた。
陸ではよちよちと歩く姿はとても可愛らしかった。
他にもたくさんの魚の展示を見ては嬉々とした様子ではしゃぐ兄さんはまるで小さな子供のようだった。
「はしゃぎすぎだって」
「だって水族館来んの初めてなんだし」
たしかに修道院に居た頃は学校の修学旅行くらいしか出かけることなんてなかったな、と納得した。
僕自身初めての水族館に少しばかりわくわくしているのは事実だったが、隣が兄さんということに気分は急降下。
嬉しいのけど、嬉しくない複雑な気持ち。
どう接すればいいんだ。
昨夜以前だったら手放しに喜べたのになと一人ごちた。
◇
小腹がすいたからと売店にきた僕らはメニューを前にして悩んでいた。
問題はソフトクリームの味についてだ。
バニラ、チョコ、イチゴ、抹茶…
「兄さん何にする?」
「うーん、…チョコ!」
「はいはい、どうせ僕のおごりなんでしょ?」
あったりー、と目を細めた兄さんは席をとってくると先に行ってしまった。
結局スタンダードなバニラ味にした僕は彼の元へ二つのソフトクリームを携えて向かった。
「はい、兄さんの」
「さんきゅー」
持っていたチョコ味のソフトクリームを手渡すと、兄さんの向かいに座った。
「あ、チョコおいしー」
ぺろぺろと舐める度に覗く赤い下がひどく官能的だ。
バニラも美味しいけど、兄さんのほうが美味しそう………何を考えているんだ僕は。
少し安心して緩みすぎだろう。
「ちょっともらい!」
「あ、ちょっと!」
意識を飛ばしていた隙に兄さんは僕の手を引き寄せるとバニラをぱくりと一口食べた。
してやったり、とにやけて笑った彼にため息が出た。
許してしまう辺り、なんだかんだいって彼に甘いのだなと思った。
もう一度彼を見れば口元にソフトクリームが付いていた。
「口についてるよ」
無意識に、ごく自然に身体は動きソフトクリームを指で掬い上げ、口元に運ぶとそのまま舐めていた。
ほんとだ、チョコ美味しい。
僕もこっちにすればよかったな。
…………。
「雪男?」
……あれ、何した?
兄さんの怪訝そうな声に我に返った後、すぐに手を引っ込めたがすでに手遅れだった。
居た堪れなくて自然と頭が下がる。
こうして一緒にいるのは許しているのかもしれないが、流石に触れられることには嫌悪を感じると考えればわかるはずなのに、何をしてしまったのだろう。
彼氏きどって馬鹿みたいだ。
顔を見ることなんかできなくて、俯いたまま謝罪した。
「あ…、えと、ごめん」
その時兄さんがどんな顔をしていたかなんて、わからなかった。
嫌悪、軽蔑、怯え、泣きそうな顔。
なんだろうか。
できれば笑った顔がいい。
(なんて都合のいい考え)
◇
慣れてしまえばやっぱり兄さんと居るのは楽しくて、いつのまにか夕方になっていた。
水族館を出て寮に向かい並んで歩く。
今日水族館でみた生き物について興奮した様子で語る彼に適当に相槌を打つ。
彼を見ているのはほんと面白い。
嫌われたと思っていたが案外勘違いだったのかもしれない。
これから先兄弟としてまた仲良くやっていけるかもしれない。
そんな淡い期待に気持ちが少し軽くなった気がした。
「俺さ、こういう普通のデートに憧れてたんだ」
そう言った彼は久しぶりに見るような満面の笑みだった。
「最後に、俺の行きたいとこ行っていい?」
何かを決意したような表情に不思議に思ったが僕は素直に頷いた。
昨日のことが嘘みたいなこの穏やかな時間がいつまでも続けばいいと思った。
それでも、もう終わり。
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111002
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多分次で終わり!
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