こづくさま
雪男を全力で口説く燐で雪燐







最近兄さんが変だ。

毎日会う度に何かしら言ってくる。
それはいつもの悪態の類ではなく、誉めるものであるのだ。
初めはそんなこと兄さんから誉められるなんて思ってなく、素直に嬉しいと感じていたのだが、今は嬉しいよりむしろむず痒くて居心地が悪い。
少し例を挙げてみると――――

雪男って男前だよな、
だとか
今日もかっこよかった、
だとか
塾での教え方上手くなったな
だとか

本当にあの兄さんなのかと思ってしまうぐらい、今の兄さんは気持ち悪いのだ。
それをさらっと言ってのける。

僕は黙々と食べていた手を止め、まじまじと対面に座る兄さんを見詰めた。
今日はまだ何も言われていなかったので、きっと何かしら言われるんだと思うと少し憂鬱になった。
そんなつもりはないのだとわかっているのだが、ここまでくると新手のいじめかと思うくらいだ。

気付いたのか兄さんは視線を食器から僕に映し、へらりと照れるように笑うと、「美味しいか?」と尋ねた。

「あ……うん。美味しいよ、特に味噌汁いいね」

「本当か!今日はだしを変えて、隠し味も入れてみたんだ!」

素直にそう思ったので言えば、目をきらきら輝かせて嬉しさを顔いっぱいに滲ませて、嬉々として語る。
思わず僕もつられて頬が緩む。
兄さんはほんと単純だなぁ。

「どうりでいつもと味がちょっと違うと思った」

「よくわかったな!初めての味付け方だったから不安だったんだよな。」

「兄さんは料理だけは自信もっていいのに」

「料理だけはってなんだよ!」

「だってそうでしょ?」

「うっ……」

レンズの端がキラリと怪しく光り、にこりと笑って見せれば、兄さんは居心地が悪そうに目を逸らした。
表情から兄さんの気持ちが手に取るようにわかり、その様があまりに可笑しくて肩を震わせて笑った。
込み上げる笑いを始めは抑えていたが、先ほどからちらちらとこちらの様子を伺うように盗み見てくる兄さんがあまりにも可愛くて、堪え切れずついにぷっと吹出してしまう。
もしかしたら、突然俯いた僕が怒ったのかと思ってあたふたしていたのかもしれない。
たしかに少しは怒ってるんだよ?
でも、笑いが勝っただけで。

「も、もういい!でもまぁ、雪男が喜んでくれたみたいで良かった」

羞恥で顔を赤く染めながら言う兄さんは、食べ終った食器をシンクに持っていくのかトレイを手にして席を立つ。
僕に背を向けカウンターの向こう側に向かう兄に声をかける。

「明日も味噌汁作ってよ」

「おう!明日だけじゃなくて、毎日雪男のために味噌汁作ってやるよ」

振り向いた兄さんはいつもの笑顔でにかっと笑った。

なんだそれ。
まるでプロポーズみたいだ。

「兄さんさ、僕を口説いてるの?」

今まで薄々思っていたことを口に出す。
一瞬瞠目し、赤くなったり青くなったり百面相を見せた兄さんは、気まずそうな顔に落ち着ちつくと、おずおずと口を開いた。

「……なんだよ、悪いかよ」

「分かりにくいよ兄さん」

思わずため息が出た。
今までのアレは口説いていたのか。
そう結論に達したが、アレは口説くとは概ね合っているのかもしれないが趣旨が違う気がする。
そもそも実の兄にかっこいいだの男前だの言われても反応に困る。

「いや、でも、志摩がこうしろって……」

「志摩君が言ったのは女の子の口説き方なんじゃないの?」

「うん、男だってことは黙ってた」

「ほんと馬鹿だよね…」

また、ため息を一つ。
やっぱり馬鹿兄だ。

「それで?僕を口説いてどうしたいの?」

単刀直入にそう言えば、カウンターの手前で足を止めていた兄さんは食卓に引き返すとトレイを置いた。
動作を視線で追っていれば、目の前で止まる。
つまり、僕の目の前に立っている。

「何?」

「こういうことがしたいんだよ」

突然馬鹿力で胸倉を掴み上げられ、驚愕に動きを止めたままの僕は兄さんからの乱暴な口付けを受けた。
がちがち、と時折歯が当り少しばかり痛い。
全く不快には思わなかったので、兄さんにいつまでも主導権を握られているのは腹立たしく反撃に出ようと、舌を絡めとり口内を激しく蹂躙する。
伊達に女性経験がないわけじゃあない。

しばらく兄さんを口内を味わっていれば、胸倉を掴んでいた腕はすでに力は入っておらず、がくがくと足が震えているのが視界の端に移ったので、腰を抱き寄せて膝を上に座らせる。
そしてぷはっ、と唇を離せばどちらのものかわからない唾液が互いの口を伝った。
酸素が足りないのか、肩を上下して息をする兄さんの目はとろんと熱でとろけていて、下半身に熱が滾るのがわかったが、我慢して息が整うのを待った。

「それで?」

「はっ?え、それでって何…」

「キスしたいってのはわかったけど?」

困惑し、身体をよじらせるが腰を抱き寄せて固定しているので、逃げることは叶わない。
互いの息がかかりそうなくらい距離が近いため、目のやり場に困るのか視線はあっちいったりこっちいったり、右往左往していた。

「ねぇ、口説くんじゃなかったの?」

一向に言葉を発しない兄さんに痺れを切らし、耳元で甘く低い声でそう囁けば、びくりと身体が跳ねたのがわかった。
観念したのか、しっかりとこちらを向くとぼそぼそと小さい声で話し出した。

「あ、その、雪男ってかっこいいよな」

「うん」

「そ、それに、男前だ」

「うん」

「成績優秀だし」

「うん」

「自慢の弟だ」

「うん」

「それで、その。そんな雪男のことがだな…」

「それで?」







「好きなんだ」

「うん」

こんな捻りのなにもない下手くそな口説き文句に落とされたのだと思うと、少し癪だったが、とりあえず幸せな気分だったので問題は無かった。







110710
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雪男は前から無自覚で燐のことが好きだったということで。

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