不安で、不安で堪らなかったんだ。
「僕だけなんじゃないんですかね」
「あいつのことか?」
何も返さないということは肯定なのだろう。
シュラは手に持つ酒の入った缶をあおり、再び雪男に視線を送った。
「珍しいな、ビビりメガネが弱音を吐くなんて」
「本当ですよね。シュラさんに相談に乗ってもらおうなどと思うくらいには弱ってますかもしれません」
「言うね〜」
にゃはは、と独特に笑う。
それを一瞥した雪男は眼鏡を上げ直し、溜め息を吐いた。
「真面目に相談に乗ってくださいよ」
「わかったわかった」
未だ軽くあしらうシュラに雪男は眉間の皺を深くする。
構わずシュラは軽い調子で続けた。
「あれだろ?付き合ってるのに恋人が前と態度が変わりませんってやつ?」
「概ねはそうですけど、兄さんが僕のこと本当に好きなのかわからなくなるんです」
「まあ、おまえら兄弟だからなー。突然恋人モードってのも無理があるんだろ」
それにあいつはバカだしな、と付け加えた。
「それで、ABCどこまでした?」
「ABCってなんですか…、まだ手を繋いだだけです」
呆れたように言った後、少し逡巡して言った。
シュラはその言葉に目を丸くして、肩を振るわせたと思うと、大げさに手で床を叩きながら腹を抱えて大笑いし始めた。
その目には涙さえも伺えた。
「ぷっ…ははは、手までってどうゆうことだよ。おまえら小学生か!」
「うるさいな!僕だってわかってるよ!」
怒りのあまり地が出た雪男はぎっと未だ笑い続けるシュラを睨んだ。
暫くし、笑いも収まりちらりと雪男を盗み見るとその顔はあまりにもひどく切なげで、耐えるように見えた。
しっかりと指摘されて、自覚していたこともあいまって燐との関係について考えているのだろうか。
あちゃー、と後先考えなかった自分の言動を少し反省して、とりあえずフォローを入れようとシュラは考えた。
「あー、まぁ人それぞれペースってもんがあるからな。気にすんな!」
暗い気持ちを飛ばすように豪快に笑うと、ばしばし雪男を背中を叩いた。
口には出さなかったが、雪男は視線でやめてくださいと抗議をする。
すると、それが伝わったのかはわからないが突然叩く手を止め思い出したようにぽつりと漏らした。
「つーか、聞いたところ別に不安がることなんて無いじゃん」
顔を向ければ、視線がぶつかった。
そうすれば、一瞬躊躇するように視線が揺らいだ。
催促するようにじっと視線を切らず見詰めれば、やがて観念したのか口を開いた。
「…それが好きだよって言っても、いつも頷くだけなんだ」
「恥ずかしいんじゃないのか?」
「僕だって何度もそう思いましたけど、いくらなんでも限度がある」
「いやでもなー、考えてもみろよ?燐には愛だのなんだの似合わないだろ?」
そう言えば、眼鏡を外しながら、「そうですね」と困ったように笑った。
「きっとそれはあいつなりの最大限の愛情表現なんじゃねーの?」
溢すように言った言葉はきちんと届き、雪男眼鏡を掛けなおすと振り返った。
辛気臭い雰囲気は消えてなくなり、普段と変わらない笑みをシュラに投げかけるとどこかへと消えた。
(それでも僕はちゃんとした言葉が欲しいんだ)
◇
部屋の扉を開くとラフな格好をした燐が雪男を出迎えた。
「雪男おかえり」
「ただいま兄さん」
浮かない顔をする雪男に気付いたのか「どうした?」と尋ね、不安げに見詰めた。
「別になんでもないよ」
安心させるために笑えば、むっとした表情で睨む。
「うそつくなよ兄ちゃんはなんでもわかんだかんな!」
口を尖らし、びしっと雪男を指差す。
そんな燐を雪男は適当にあしらい着替えを始めた。
「お、おい雪男」
無視し続ける雪男に腹をたてたのか、燐は服を引っ張り意識を自分へと向けさせた
。
しっかりと燐のことを見ているのだが、何も反応しない雪男に怒りがこみ上げる。
そのままの勢いで外へと吐き出せば、代わりに刺さるような視線が返ってきた。
「なんで何も言わないんだよ…恋人だろ!」
「ふーん、兄さん恋人ってちゃんと思ってたんだ」
「兄弟愛と勘違いしてるんじゃない?兄さんバカだからさ」
「なんだと、バカでもそのくらいわかる!」
「じゃあ、僕のこと好きなの?」
こくり、頷き意思を示せば、変わらず雪男の表情は悲しみを含んだままだった。
「いつもそうだ。頷いてばっかで」
一呼吸置き、雪男は真摯な瞳を燐に向けて言い放った。
「僕はちゃんとした言葉が欲しいんだよ」
「じゃなきゃ不安で立っていられなくなる」
明らかに普段とは違う様子に燐は狼狽した。
言葉がうまく出せず、意味を成さずに消えていく。
「それは…」
「俺だって不安でたまんねぇんだよ」
意を決してそう言えば、雪男の眉がぴくりと動いた。
「雪男はもてるし、しょっちゅう女の子と話してて、ここが痛いんだ」
胸に手を当て軽く握り締める。
思い出してずきずきと痛むのがわかった。
痛みに眉を寄せて、握る手をさらに強くした。
「それに授業中いっつもおまえのことばっか考えて、頭から離れないんだ」
「にい、さん」
燐は首に手を回し雪男の身体を抱き寄せた。
そして、擦り寄るように胸元に頭を埋めると、
「全部お前のせいだよ、それすら分からないのかこの頭は?」
そう言って、軽く頭で小突く。
俺だって余裕ないんだよ。
そんくらいわかればーか。
次々に知る燐の本心に、気持ちの整理が追いつかなくなり雪男の頭はショートする。
どこもかしかも熱くて、熱くてたまらなかった。
今顔を上げられたらたまったもんじゃないと雪男は思った。
「兄さん、さ。今の好きって言うより恥ずかしいと思うんだけど」
思ったままに言えば、発した言葉を思い返したのかびくりと身体を震わすと、燐が耳まで真っ赤になるのが頭上から伺えた。
「ほんと、兄さん可愛い」
雪男は腰に手を回し抱く力を強めた。
「雪男…す、きだ…」
ぼそり、と呟かれた言葉は確かに雪男の耳に届いた。
次の瞬間燐の身体を掻き抱く雪男の姿がそこにはあった。
きっと、不安で目の前が見えなくなっていたんだ。
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リクエストありがとうございました!
とても楽しかったです。
燐を溺愛して余裕のない雪男とか聞いたもだえました。
第三者が居るのが結構好きだったりします。
三つ巴もいいけど、相談役みたいな人がいるのは萌えます。
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