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きっと、いや、確実に『嫌われた』。
その言葉はずっしりと重く僕にのし掛かかる。
カーテンは光を遮り明かりも無い暗く淀んだ空間は僕の気持ちが現れたようで。
『嫌われた』という言葉とともに部屋に沈んでいく。
ベットの端に腰掛けると、昨夜のことに頭を巡らした。
『もうこんな関係終わりにしよう』
そう兄さんに言われた瞬間は目の前が真っ白になっていて、僕の前から消えちゃいそうで怖くてたまらなくて。
だから、力で押さえつけた。
兄さんは泣いて、喚いて、叫んで。
それでも僕は聞こえないフリをして兄さんの身体を貪った。
繋がっているはずなのに、兄さんとは遠ざかるばかりに思えた。
瞳は眼前の僕なんて映っておらず、ただ空を見詰めていた。
まるで、人形を相手にしているようだった。
僕が、兄さんを人形にした、んだ。
身体の関係だけで、恋人でもなんでもないのに。
形だけでも触れられる機会を失うのがこわくて、こわくて。
ほんと最低だ。
我ながら卑怯なヤツだと思う。
家族的な意味だが、愛されているのはわかってたから、弟という立場を利用して今の関係を手に入れた。
持ち掛けた時はあとのことなんて考えていなくて、冗談だったのだが、まさか了承するとは思っていなかった。
その時から劣情を抱いていて、兄さんと繋がれるという目先のことだけを考えて、跳び跳ねるくらいには嬉しかったのを覚えている。
そうして僕たちは関係を続けていった。
続ければ、それがどういうことなのか明確にわかるようになり、虚しさを覚えるようになったが、いつも見ないフリをしていた。
そして、毎日毎日空虚な行為を繰り返す。
一瞬だけでも兄さんを手に入れることのできる悦びを得るために。
それが”ニセモノ”であろうがどうしても、身体だけでも自分のものにしたかったんだ。
兄さんが僕に向けるのは兄弟愛で恋愛感情なんて無いに決まっているのに。
朝になれば嫌でも考えさせられて、後悔や罪悪感が入り混じった末、押し潰されそうになる。
後悔してるくせに、やめる気は無いなんて滑稽な話だけどね。
この関係を続けてしまったら、僕がまた同じ過ちを犯してしまうのは火を見るより明らかだった。
兄さんをまた悲しませる。
僕が。
僕はポケットから携帯を探り当てるとボタンを弄くり新規メールを作成した。
宛先はもちろん兄さん。
『昨日はごめん。兄さんの言う通りだ。あんな関係はもうやめよう』
打ち終えると一瞬俊巡したが、意を決して送信ボタンを押した。
これで、兄と弟という元の関係に戻るだけだ。
もう触れ合うことさえ許されなくなるのだろう。
ただそれだけが、それだからか、僕にはひどく苦しいものに思えた。
でも、もう後戻りはできない。
すると、すぐにブブブという振動とともに、メールが受信された。
返信を見たいような、見たくないような複雑な気持ち。
《わかった。雪男は俺のこと嫌いになった?》
何馬鹿なことを言っているんだ。
嫌いになるはずなんてない。
昔も今も、兄さんだけが僕の全てなんだ。
『そんなことないよ。』
そこまで打って、動きを止めた。
"兄さんは?"
そう打とうとしたが、結局打つことはできず、そのまま送信した。
ただ、"嫌い"という言葉を見たくなかっただけだ。
それでも、兄さんに嫌われているだろうことは明白で。
兄さんは優しいから言わないんだ。
ふと、気がつけば視界は歪み霞んでいた。
そこで、自分が泣いているのだと理解した。
止めようとすればするほど、涙は際限なく溢れでてきて僕のコートに染みを作った。
全て、自業自得であるのに。
僕はくく、と自嘲気味に笑い、両腕で顔を覆うと、そのまま後ろからベットにダイブした。
ぎし、と体重でベットが悲鳴をあげた。
再びバイブの振動が手から伝わり、溜め息をつくと緩慢な動きで携帯を開いた。
ぼやけた視界に兄さんの名前を見付けると、袖口で涙を拭う。
クリアな視界で再び画面をみやると、それはメールではなく電話だったようで、慌てて通話ボタンを押した。
心の準備をする前に通話ボタンを押してしまったので、言いたいことはたくさんあるはずなのに喉につっかえてでてこなかった。
色んな情報が錯綜し、考えがまとまらない。
電話は繋がっているはずなのに、互いはしばし沈黙を守った。
それを破ったのは他でもない兄さんだった。
『今、南正十字公園にいる』
ぽつりとただ一言そう言うと電話はあっけなく切られ、プープーという電子音が耳元で繰り返されるだけだった。
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110627
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もんもん雪男。
なんというか燐しか見えてない。
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