遅くに帰宅した雪男は遠くからでもはっきりとわかるくらいには酔っていることが伺えた。
千鳥足で扉付近をたゆたう姿に見ていられなくなり、手を貸してやろうと近付く。
「雪男、大丈夫か?」
「にいさあーん」
泥酔して呂律が回らない雪男の言葉は、普段聞くことの無いくらいひどく甘かった。
ベットへと誘導するため、ふらふらさ迷う腕を捕まえて自分の首に回す。
「シュラに飲まされたのか?」
「そうだよー、シュラさんがジュースくれたよぉ」
「またか…」
頭が痛い。
いつぞやの記憶が蘇る。
あの人は何度酒とジュースを間違えるんだと、呆れため息をつく。
故意の可能性も否定できないが。
先ほどからずっと「兄さん、兄さん」耳元で連呼し、やたらべたべた身体を触ってくるのだ。
こんな緩んだ顔を拝めるなら俺も雪男にこっそり酒を盛ってやろうかなど、少々危険な考えが浮かんだほどに、雪男の酔い方は質が悪い。
きっと俺以外にもこんな姿を見せているのだと思うと、胸がムカムカした。
しかし、雪男は仏頂面をしていることが多く、こんな無防備に笑うことは少ないため嬉しいと思うと同時に少し悲しくなった。
最近怒った顔か、呆れた顔しか見てないな。
そう思って自分自身の考えに落ち込む。
原因は俺にあることはわかっているのだが、できないことはできないのだ。
肩にもたれ掛かる雪男を一瞥し、これをネタに明日どうやって揺すろうかなどと考えながら、ベットに下ろしてやる。
「もう寝ろよな」
「えー、兄さんも一緒に寝ようよ」
ぐい、と本当に酔っ払いの力かと思うぐらいに、強く服を引っ張られ俺は雪男の身体の上にダイブした。
「おわっ!」
着地と同時にベットに横たわる雪男に身体をがっちり抱きしめられて身動きがとれない。
なんだか気恥ずかく軽く身じろげば、逃がさないとでも言うようにさらに腕に力をこめられた。
「雪男苦しいって」
「兄さんー」
「離せって…」
胸を叩き抗議するが、受け入れてくれないようだ。
それ以前に会話が成立しない。
互いの息がかかりそうな至近距離に顔をそらす。
どうしたら離してくれるだろうと考えていると頭の後ろに手を添えられて、強く引き寄せされた。
すると、唇に温かいぬくもりを感じた。
これは?
突然の出来事に硬直し、おびただしい量の情報が頭の中を駆け巡る。
事態を認識するのに数秒時間を要し、気付くと顔に熱が集まった。
「おまっ、何キ…キスしてんだ!」
酔っぱらいには意味はないのかもしれないが、すかさず抗議をする。
そんな大きく口を開いた俺の隙を逃さず、雪男は再び唇を覆った。
今度は触れるだけではなく、粘液同士が絡まる深いキスに、未だ混乱する頭ではただ身をまかせることしかできない。
「ふっ…はっ…」
「はっ…にい…さん」
酸欠状態に頭の中が霞がかり、何も考えられない。
アルコールの甘い臭いが鼻腔を刺激し、自分までも酔った気分になってくる。
くちゃりという水音が部屋に響き、俺の耳を犯す。
恥ずかしくて、距離をとろうとしても舌を絡めとられて、全身の力が抜け抵抗もままならない。
しばらくして離され、飲みきれない唾液が口元から垂れる。
雪男の熱が移ったようで、身体が熱くてたまらない。
息を整えながらちらりと雪男の顔を盗み見すれば、熱を孕んだ瞳が俺を射抜いた。
「僕兄さんのこと…好きなんだ」
甘い甘い声音で囁くように言った。
思わぬ言葉に俯き、雪男の言葉を心の中で反芻する。
信じられない内容だったが、だんだんと現実味が沸いてきて、再び赤面する。
「俺もっ、雪男のこと…」
好きだ。
と喉まで出掛かったところで、すう、と規則正しい寝息が聞こえた。
雪男の顔を覗き込めば、気持ちがよさそうに安らかな顔で眠る姿があり、ふつふつと怒りがこみ上げてくるのを感じた。
「やり逃げかよ!」
耳元で叫んでもうーんと唸るだけで、起きる気配はないようだ。
しかし、変わらず身体は抱きしめられていて動くに動けない。
身体いっぱいに感じるぬくもりに身体の火照りはなかなか消えず、困り果てた。
結局逃げ出すことを諦めて、おとなしく抱かれることにした。
ずるいだろ、あんなの。
甘い声が耳にこびり付いてはなれない。
「責任とれよな」
明日になったら覚悟しやがれ!
酔った勢いなんて言い訳は通用しません。
110519
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雪男が覚えていても、覚えていなくてもどっちもありだと思う。
恋人まで一直線だよ!
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