その日僕は走っていた。
今日は祓魔塾がないので一緒に帰ろうと約束していたのだが、急に先生に呼び出されて約束の時刻を大分過ぎていたからだ。
「もう1時間もすぎてる…!」
肩で息をしながら走り、兄さんの教室を目指す。
途中ですれ違う先生や生徒が驚いた顔をしていたがそんなことはどうでもいい。
早くいかないと。
まだ待っていてくれと、淡い希望を抱きながら教室を扉を開けた。
教室内を見回せば部屋の隅に、机に伏せて眠る兄さんの姿があった。
まだそこにある姿にほっと安堵し、起こさないように極力静かに近づく。
近くによっても起きないことをいいことに、跳ねた髪の毛を少し弄くる。
しばらくして、満足した後「兄さん、起きて」と、優しく声をかけた。
「ん…、ゆ、きお?」
「そうだよ、雪男だよ」
目が覚めたばかりで寝ぼけているのか、ぼうっとしていてちゃんと理解しているのかは定かではない。
「ばか、おせーよ」
へらり、笑い潤んだ瞳で名前を呼ばれて、熱が顔に集中したのが感じられた。
ああ、もうほんと可愛い。
僕以外にそんな顔みせてないよね?
全く変な男に襲われないか心配だ。
もっと兄さんの周りに気を配らなければ。
そう考えて自分も劣情を抱く変な男だと認識し、少し肩を落とす。
「ごめん、先生に呼ばれてて」
「ま!俺は気にしてないけどな、兄ちゃんだから!」
そう言って兄さんは手を伸ばし乱雑に僕の頭を撫でた。
がしがしと撫でる兄さんの体温に心の中が温かくなる。
荒れた心が癒されるようで兄さんに身を任せて目を閉じた。
「そういや、俺雪男に言いたいことあったんだっけ」
「何?」
「キスマーク、つけたよな」
「え」
思いがけない兄さんの言葉に目を見開き、思い切り顔をあげた。
そこに映った兄さんは嫌悪でもなく、戸惑いでもなく。
ただ笑うだけだった。
気付かれてたのか。
一瞬で色々な考えが浮かぶ。
じゃあ、なんで笑ってるの。
気持ち悪くないの?
なんでよ、こんな感情を抱いてる僕を叱って、罵って、罵倒しないの?
どうして。
ああ、絶対嫌われた。
もう兄さんと触れ合うこともかなわないのか。
一緒に笑って、泣いて、色んなことを共有して。
もうできないのか。
ぐるぐると色んな考えがよぎって、すぎさって。
気付けば目の端に涙がたまり、視界が霞んでいた。
立ちすくむ僕を横目に兄さんはくあ、と間抜けな欠伸をすると勢いよく立ち上がった。
「よし、行くか」
「な、何」
突然の兄さんの言葉にわけがわからず過剰なくらい身体が揺れた。
先ほどと態度が変わらない兄さんに動揺して、どうやって接すればいいかわからない。
すると、兄さんは僕の前に右手を差し出した。
「ん」
「?」
意図がわからず、兄さんに視線を送れば、
「ほら、手出せ」
と、言うだけだった。
おずおずと差し出せば、その手は兄さんの右手と繋がれていた。
思わぬ温度に身体がこわばる。
「え、兄さん?」
戸惑いを含んだ視線を投げかけても、兄さんは笑うだけで、そればかりか握る手はより一層ぎゅっと握られた。
「一緒に帰るぞ」
「いや、でも、手…」
どうして、劣情を抱く僕に手を繋ごうと提案する兄さんの考えがわからない。
こんな年で『手をつなぐ』なんて、昔よくやっていた『手をつなぐ』とは意味が違うだろう。
兄さんはわかってやっているのだろうか。
手の体温に心の奥がざわざわして落ち着かない。
手に視線を向けて、そう言えばむっとした表情で尋ねられる。
「なんだよ、文句あんのか?」
「生徒とかに見られたら不味いんじゃないの…?」
「雪男は、俺と手つなぐのは嫌なのか?」
嫌なわけあるはずない。
むしろ嬉しい。
どんなに渇望しても得られなかった体温がここにあるのだから。
「別に、嫌じゃない」
「そっか」
「じゃあ、手を繋いで帰ろうぜ!」
そう言って寮に向かい歩き出した。
兄さんの歩く歩調に合わせて僕も後を追って歩き始める。
僕の前を歩く姿を見ながら、ぼんやりと思った。
兄さんは僕のこと嫌いになったわけじゃないのかな。
そうあればいいという、祈りをこめて繋ぐ手を強く握った。
そしたら、また、まるで応えるかのように強く手を握り返された。
つないだ手の新しい意味にきみはもう気づいてる?
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多分もう続かない…かな?
続いたらすみません。
手をつなぐって結構重要だとか思ってたりする。
(title)確かに恋だった
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