※弟の苦悩の続きです。




朝、燐はいつもより早く起きた。

普段なら雪男に起こされるまで寝ているはずなのだが、今日はある目的があったからだ。
燐はくぁ、と間の抜けたアクビをしつつ、雪男を起こさないようにして部屋をそそくさと出て行く。
その足で向かうのは調理場である。

朝調理場に向かうのは二人分のお弁当を作るためであり、決して不思議なことではない。
ただ違うのは現在の時刻。

蛇口を捻り、寝ぼけた頭を覚ますように手を洗い水のついた手で燐は両頬をばしばしと叩いた。

「…ふぅ、よし、やるか!」

腕を捲り、気合を入れる。

今日のメニューは鮭のムニエルに肉じゃが、出しまき卵である。
燐は全体的に見てアンバランスだったので、色彩の明るいミニトマトや副菜を入れてなんとか整えることにしようと考えた。

すべて雪男の好きな料理である。
雪男は燐の作った料理ならどれでも美味しいと喜んでくれるのだが、なんとなくだがいつもより嬉そうだったとか、そんな理由で決めた。
本当なら鮭のムニエルでは無く、刺身にしたい所だけれど鮮度、安全面が少々危険なのでやめておいた。

何故昨日の残りがあるのに使わず、新しく作るのかは雪男への謝罪の意を示すためだ。
こんな回りくどいことなんてせず、直接謝罪るればいいのだが、昨日のことをまた持ちだして機嫌を損ねるようなことがあるかもしれなかったためである。
しかし、一番しめているのが、素直に謝罪できないであろう燐自身の気持ちの問題であった。

それに、弁当の中身が自分の好きな食材で占められているなんて些細なこと、雪男に気付いてもらえるなんて微塵も思っていなかったがただの自己満足である。

(肉じゃがから始めよう)

じゃがいもを洗い皮を剥き灰汁を抜くために水につけて放置する。
一方で鍋に水を張り、火をかけた。





慣れた手つきでテキパキをこなし、雪男が起きる頃にはすべての料理ができあがっていた。









「雪男、おはよう!」

高校の制服に着替えていた雪男に声をかける。
ちらりと燐を一瞥したあと、視線をネクタイに戻し挨拶を返す。

「おはよう」

そのそっけない態度に燐は少し顔を歪める。

二人の間を気まずい沈黙が包む。
着替える雪男の布擦れの音だけが響く。
いつものような朝の風景では無く、少々ぎこちない。



「…朝ごはん食べるよな?」

「いらない。朝先生に早くくるように言われてたから」

「…そうか、雪男は大変だな。これ、お弁当」

「ありがと」

色違いであるお弁当を差し出せばひょいと引っ手繰られ、「いってきます」と言うと雪男はそのまま出て行く。
その行動は明らかに燐を避けているものであり、燐は昨日のことまだ怒ってるんだと思った。

「いってらっしゃい」

その呟きは雪男に届かず、ただの独り言にしかならなかった。










キーンコーンカーンコーン。
授業が終わり、人々が散っていく。



そんな中数名の女子生徒が雪男の周りを取り囲む。
またか。


「ねぇねぇ、今日はどんななの?」
「今日もお弁当楽しみ」
「いいから早くぅ」


きゃいきゃいと騒ぎたてる。
嫌なのではないが、こうも毎度騒がれると少し嫌気がさしてしまう。

「はは…何回もいいますが、僕は作っていません」

鞄からお弁当を取り出す。
色違いのお弁当箱を見とめ、今朝のことが思い出された。


そっけなさすぎたかな。
自分がこんなにねちっこい性格だとは思わなかった。
それに『朝先生に早く来るように言われてたから』だなんて部屋から出たくて咄嗟に言ってしまったがひどい嘘である。


周りにせかされ、蓋をとる。
中には、鮭、肉じゃが、出し巻き卵など雪男が好きなものが入っていた。

「きゃー、出し巻き卵美味しそう!」

中身を凝視する雪男に周りの黄色い声はすでに耳には入っていなかった。



これは全部、僕の好物だ。



気付いた途端、雪男は焦燥に駆られた。
蓋をしめ、勢いよく立ち上がり戸惑う女子生徒達に「ごめん」と声をかけて走り出す。
向かうのは燐のクラス。
女子の残念そうな声が聞こえたがそんなことはどうでも良かった。



「っ……馬鹿か兄さんは…!」


昨日の残りがあるはずなのに、入ってなく全て好物の理由。
それはきっと不器用な燐の謝罪の現れなのだ。






燐のクラスにつき、勢いよく扉を開く。
大きな音がしたがそんなことをしてる余裕は雪男にはなかった。
何事だ、と生徒の視線が突き刺さる。

教室の隅に燐の姿を見つけるとずかずかと大股で近づく。

「へ?雪男どうした?」

突然の訪問に燐は狼狽した。
今朝のことも合間って気まずいのだろう。



「兄さんお弁当持って」

「は?」

「だからお弁当!」

「お、おい、どうしたんだよ」


突っ立ってるだけで動こうとしない燐を見かねて雪男はお弁当が入っているであろう鞄を引ったくる。

「兄さんいくよ」


燐の手をとり、教室を出る。
外野がざわざわとささめきあっていたがそんなこと意に介さず、進んでいく。




「ちょ……雪男!」

何も答えず黙殺を通す。
それでも兄さんは戸惑いの声をあげ続ける。

「おいっ、止まれって!」

雪男の手を振りほどく。

「一体なんなんだよ…!」

「兄さん、一緒にご飯食べようよ」

呆然とした表情の燐に笑いながら告げた。





110508
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雪男の好物は魚介類以外適当です。
というか私の好物です。←

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