屋根の上。
眼下にはいくつもの家々が見下ろせる。
点々と灯っている光はまるでイルミネーションのようだ。
そんな明かりも二人には届かず、照らすのは煌々と輝く月だけだ。
びゅう、と強く吹き付ける風が向かい合う二人の頬を撫でる。
ひんやりとし、熱く火照る身体には気持ちがいい。
「好きなんです」
「……」
「好きです」
「………言うな」
もう聞きたくない、と言うでもように燐は俯いた。
口から紡がれる愛の言葉は拒絶され、燐に届かず消えていく。
「ボクのこと見てください!」
「見てるだろ…」
嘘だ。
ボクのこと地の王としてみてるくせに。
アマイモンという一人の男としてみてくれない。
そして、ボクの後ろに様々なことを見ているんでしょ?
ふと、鉄の味がした。
いつのまにか唇の端を噛んでいたようだ。
「今だけは全部忘れてよ」
自分の立場もなにもかも。
「君の仲間とか燐の弟のこととか」
「でも俺とお前は…」
やっぱり気にしてる。
燐にとっては重要なことなのだろう。
なんだか言いようのない憤りを感じ、未だひりひりと痛む唇を今度は意識して噛む。
ガリ。
血が流れた感触ともに口と鼻腔を満たす錆びた鉄の匂い。
ああ、ムカツクなぁ。
「おいっ、血が…!」
驚愕と焦燥を含んだ表情。
慌てて近寄って心配する素振りを見せる燐をぎゅう、と力いっぱい抱きしめる。
いとしい。
「ボクのこと好きですか?」
気付いていないうちにひどく不安げな声で漏らしていた。
渦巻く不安を感じ取った燐は目を見開き、何か言いたげに口を開く。
好きだ。
そう仄聞したような気がした。
そんなの聞き間違いで都合のいいように改変したのかもしれない。
けれども、そんなことはいい。
「夢でいいです。幻でもいいです。」
夢だとでも思えばいい。
ただ悪夢に惑わされただけだから。
燐は悪くなんかないんだ。
悩む必要なんて、ない。
だから。
目の端が白く霞始める。
地平線の縁から淡白い光が漏れ出していた。
ああ、もうすぐ陽が顔を出す。
「ボクは会えればそれでいい」
夜明け前には夢は溶ける。
現実に帰らなくてはならない。
それでも夢は毎夜やってくる。
それが悪夢かなんてわからない。
「燐、目閉じて」
告げれば素直に目を閉じる。
空いている距離を詰めると身体を固くし、身構えているのがわかった。
そんなことは構わず、べろりと両瞼を嘗める。
お菓子なんかよりも甘い。
見られなくてよかった。
きっとボクは今ひどい顔をしてる。
そっと腕を解き、燐から一歩離れる。
「今日はもうおしまいです」
目の前に気配が感じられず、緩慢とした動きで燐は二三度瞬く。
其処には元から何もなかったかのように暗闇が広がっていた。
「帰った…のか」
きっと俺はここにまた夢を見に来るんだろうなと、燐はぼんやりとした頭で思った。
110504
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なんか「握られてた〜」と似たような感じになってしまった…
瞼を嘗めたのは特に意味はないです。
ただの趣味だよ!←
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